お茶会の洗礼
お茶会は少しの緊迫感を持ちながらも、平和に続いている。
王妃のお茶会は立食式であったが、ゲルダの茶会はテーブルの上に出された茶菓子を摘みつつ落ち着けるため、ローラの性にあっていた。
(お隣はお喋りに夢中のようだし、適当に楽しんでおきましょう)
さすがスノードロップ公爵家だ。 茶葉は一級品であり、共に出される菓子もグレードの高いものだ。
さっそくスコーンを一つ手に取り、そっと割り開く。
柑橘の香るマーマレードをたっぷりと乗せ、その上にクロテッドクリームを落とす。
『スノードロップ式』と呼ばれる、スコーンの食べ方の一種だ。
「こちらの茶葉はスノードロップ領で採れたものですか?」
「ええ、ダージリンのセカンドフラッシュに茶葉を数種類ブレンドしておりますの」
「まあ、ミルクティーにも合いますわね」
「今年の茶葉は出来が良いのです、お土産にもしておりますわ」
「楽しみですわ、是非我が商店にも置かせてくださいませ」
ゲルダも左隣に座った令嬢と、会話に花を咲かせている。
スノードロップ家が所有するウィンティス領では茶葉や小麦、そして特殊な樹木から取れるシロップが名産品だ。
商家を営む家は令嬢を使って情報を仕入れていく。言わば商談の場ともなっているのだ。
「わたくし、スプリンダ領の蜂蜜を入れてハニーティーにするのも好きですのよ」
何度か茶会の場で会ったことのある、この侯爵令嬢はお喋り好きだが、気配りが出来る人物だ。
対面先のローラにも、話を広げてくれた。
口に入っているスコーンを飲み込み、紅茶で喉を潤した後に口を開く。
「……ありがとうございます」
「今お勧めの蜂蜜なんかはありまして?」
一対一なら、少し気楽だ。
少しの思案の後、ローラは静かな声で切り出す。
「……今でしたらアカシアの蜂蜜など、どうでしょう。 癖がなくて、紅茶やスコーンにも合いますよ」
「まあ、素敵だわ」
「今が旬ですので……」
静かにこちらを見ているゲルダの視線が、痛い。
対面の令嬢の屈託のない笑顔に少しだけ救われた気持ちになりつつ、彼女との会話を続けた。
◆◆◆
「――そうだわ、わたくしゲルダ様にお渡ししたいものがありますの」
きた、とローラの手がピクリと揺れる。
ローラとの世間話という名の商談を終えてホクホク顔の令嬢が、思い出したように片手を掲げる。
どうやら彼女は魔法が使えるようで、ぽすんと手のひらサイズの包みが彼女の手に現れる。
「こちら、我が領の職人に作らせたオルゴールですの。 良ければお納めくださいな」
人の良い笑顔で差し出される包みを、ゲルダがにこやかに受け取る。
「ありがとうございます、そちらの細工職人は腕が良いので聞くのが楽しみです」
「外装の箱も可愛らしく仕上げましたの、是非ご観賞くださいな」
にこやかな会話を皮切りに、他の令嬢たちもゲルダに贈り物を渡し始める。
「こちら、刺繍職人に縫わせたハンカチですの」
「わたくしは本に挟むしおりを……」
「わたくしはレースの手袋をお持ちしましたわ」
茶会の参加者は、ホストの令嬢に心ばかりの土産を持参することが暗黙の了解となっている。
ゲルダに心酔してるらしき巻き毛の令嬢は、流行り細工の櫛を小箱を受け取ってもらいその顔を輝かせていた。
「ブロッサム伯爵令嬢は最後にお渡しされるのが良いですわね」
「ええ、同じ王太子妃候補ですもの。 次こそ皆をあっと驚かせるものをお出しになるわ」
ちなみに去年お茶会に誘われた際は、無難にハンカチを贈った記憶がある。
遠巻きに面白みが無いと言っているのであろう。
「……で、パンプキンス男爵令嬢はご用意されていますの?」
巻き毛の令嬢が意地悪く片眉を吊り上げる。
まるでゲルダの右腕になったような振る舞いだ。
「……!」
名指しで呼ばれたリコはびくりと肩を震わせる。
「まあ、イースター伯爵令嬢ったら」
「おびえてらっしゃるじゃないですか」
「あらごめん遊ばせ! 常識でしたので、つい」
他の令嬢も巻き毛の令嬢を嗜めつつも扇子でくすりと笑みを一つ零す。
上座のゲルダは左隣の令嬢と軽く目配せした後、至って冷静に言葉を紡ぐ。
「急な参加なのですから、無理にお出しいただかなくとも結構です」
「そうですわ、今日はお勉強と思って肩肘を張らずにいらして」
鷹揚な二人の様子に、嫌味だと捉えたのか他の令嬢達はクスクスと含みのある笑みを零す。
(まるでいじめね)
居心地の悪さにローラが辟易としていたその時、リコが立ち上がる。
「げ、ゲルダ様にこちらを……」
膝に置いていたバッグから取り出したのは、可愛らしく包装された袋だ。
リコが包みをほどけば、不格好ながらも素朴なバタークッキーが顔を出す。
「あ、朝からお母様と一緒に焼きました。 良ければお収めください」
令嬢たちの視線がリコに集まる。
ゲルダはリコをそっと見据えた後、静かに横に振った。
「……お気持ちだけ、受け取っておくわ」
「……!?」
リコが驚愕に目を見開く。
なんやかんやで、受け取ってもらえると思っていたのであろう。
「ど、どうして……あ、あたしが平民の出だからですか?」
泣きそうな顔でそう呟くリコに、ゲルダは眉をひそめる。
「信用した者や店以外のものを口にしたくないだけです、別に貴女の家の出など関係ありませんわ」
「そ、そんな……あたし、毒なんて入れてません!」
「今は特に物騒なのです、自衛することを覚えておきなさいな」
ゲルダの言うことは最もだ。
昨今流行りの原因不明の病も衰えることなく王都で猛威を奮っている。
どこで発症するかも分からないのだ、信用できない……ましてや恋敵と見なされていてもおかしくない女の食べ物など、口に出来ないだろう。
「まあ……、お勉強する事は多そうですわね」
「ええ、無防備過ぎますし……それに見ました? 先程スコーンを『オスマンサス式』で召し上がってらっしゃいましてよ」
「まあ、スノードロップ家のお茶会で勇気のある方ですわね」
「あら、ゲルダ様への宣戦布告ではなくて?」
ジャムの上にクロテッドクリームを落とすのが『スノードロップ式』の食べ方だとすれば、その逆の作法で食べるのが『オスマンサス式』だ。
(じつに下らない事だけれど、敵対している家の特徴を出すのは悪手だわ)
多分、リコに悪意は一切ないのだろう。
しかし、パンプキンス男爵家はオスマンサス侯爵家と懇意なのは誰でも知っている。
しかし、悪意ある曲解は既に広まりつつあった。




