八人目の招待客
スノードロップ公爵家は、貴族住居区でも王城に近い場所にある。
土地も広く、ほぼ一人暮らしとはいえ伯爵家にしてはこぢんまりとしたブロッサム別邸など物置に思えてしまうほどの厳かで立派な邸を構えている。
「じゃあ、アタシはここで待っているわね」
「すみません、数時間だけだと思うので」
「大丈夫よ、その間本でも読んでるわ」
護衛とはいえ関係者以外は邸に入ることは許されず、モモは厩舎で待機することとなった。
「……ゲンジ、モノガタリ?」
「ええ、我がニホンが誇る超ロングヒットラブストーリーよ♡」
「先生の世界の恋愛小説なのですね」
「ええ、なんてったって世界中で千年以上愛されている名作よ。 読み返すと結構面白いわよン♪」
どうしよう、少し気になってしまった。
「……また後程、お話を教えてください」
「うふふ、帰りの馬車を楽しみになさいな♡」
他の令嬢たちの護衛役も厩舎で待機しているらしく、思い思いに時間を潰している。
ただし何かあったときはすぐに動けるよう、気を張っているようだ。
「それでは、行ってまいります」
「ええ、健闘を祈るわ!」
◆◆◆
モモと別れ、案内役の執事と共に邸へと入ったローラが案内されたのは日当たりのいいパティオであった。
国花である薔薇はもちろん、夏の花も美しく彩られ、計算された美しさを誇っている。
ガーデン用の長テーブルには、今回の茶会のホストであるゲルダやその取り巻きである令嬢たちの姿があった。
「あら……」
「『風花令嬢』のお出ましね」
「今回も『体調不良』で休まれるかと思っていましたわ」
前回王妃の茶会で芋虫相手に騒いでいた巻き毛の令嬢が隣に座る令嬢とヒソヒソと陰口を交わす。
舐められているのは一目瞭然だ。
身分はこちらが上だ、こちらの様子を伺う彼女たちに一瞥もくれることなく、ローラはしずしずとゲルダの元へと向かった。
「ごきげんよう、ブロッサム伯爵令嬢」
「ごきげんようスノードロップ公爵令嬢、今日はお招きいただき感謝いたします」
ゲルダが、凛とした声音で先に挨拶を交わす。
卒のないカーテシーと共に、形式上の挨拶を交わす。
ゲルダは緑の瞳を少し細めた後、近くに居たメイドに指示を出した。
「ブロッサム伯爵令嬢をお席へ案内して」
メイドに促され、引かれた椅子に着席する。
ゲルダから見て右手の一番近いこの席は、ローラの身分の高さを表している。
(……椅子が、一脚多いわね)
今日のお茶会のメンバーは、ゲルダを含めて七名と聞いていたが、ローラの向かい側には四脚椅子が少し窮屈そうに並べられている。
ホストであるゲルダを含め、ここには八脚椅子がある。
どうかしたのだろうかと思案していると、隣の巻き毛の令嬢の含み笑いが聞こえてくる。
「やっぱり『風花令嬢』は他の令嬢とはお違いになられるから、臆面もなくゲルダ様のお茶会にも行けるのでしょうね」
「ブロッサム伯爵令嬢は正式なお誘いを受けてらっしゃるから……」
「ああ、そうでしたわね。 うふふ……」
なんとも意地の悪い言い草だ、居心地が悪い。
「ほら、来ましてよ」
巻き毛の令嬢の言葉と共に、執事が小柄な令嬢を連れてパティオに現れた。
(パンプキンス男爵令嬢……?)
フリルとレースをたっぷりあしらった、マロン色の流行りのドレス。
髪をゆるく巻き、ポニーテールに結い上げたリコ・パンプキンス男爵令嬢は茶会の経験も浅いのであろう、緊張した面持ちだ。
「ああ、噂の『聖女』様のおでましよ」
「流行のドレスにアクセサリー、さすが王太子殿下の『お気に入り』はおねだりがお上手ですこと」
彼女の首には、先日オータムナル王太子から賜ったものとはまた違う、深い緑色の宝石があしらわれたバックリボン・ネックレスをつけられている。
流行りのファッションで身を固めても、リコはどこか不安そうだ。
ドレスの裾を汚さないように持ち上げ、トコトコとこちらへと向かう。
「……パンプキンス男爵令嬢、ごきげんよう」
この国では、格上の家の者から声を掛けないと挨拶すら許されない。
さすがに学習はしたようで、リコは少し安心したように辿々しいカーテシーを見せる。
「こ、こんにちはスノードロップ公爵令嬢。
この度は、お招きいただきありがとうございます」
「お礼はオータムナル王太子殿下になさってください。 私は頼まれただけにすぎませんわ」
「はうっ……申し訳ありません」
ゲルダの物言いは氷のように冷たい。
薔薇色の頬をサッと青ざめさせながら、リコは小さな声でかろうじてそう呟いた。
(なるほど)
どうやら、オータムナル王太子が無理矢理リコをこの茶会にねじ込んだようだ。
きっと「リコを茶会に誘わないなど、けしからん!」などと言ったのだろう。
(王太子殿下にも困ったものだわ)
ゲルダも気の毒だが、もっと気の毒なのはリコのほうだ。
周りから見れば、『王太子に我儘を言って無理矢理茶会に参加してきた身の程知らず』にしか見えないのだ。
そして、リコにそれを弁明出来る機会は、少なくともここには無い。
「よくまあ、男爵令嬢如きがこんな高貴な場に行こうと思えるわね」
「生まれがご自由な方だから、そこまで考えてらっしゃらないのではなくて?」
「うふふ、見まして? あのカーテシー、お披露目されたばかりの小さい人でももう少しマシでしてよ」
令嬢たち……主に巻き毛の令嬢のヒソヒソとした嘲りが嫌でも耳に入る。
リコは貴族になってまだ数ヶ月しか経っていない。
淑女教育はどうやら受けているようだが、まだまだ社交の場に出せるようなものではなかった。
「……」
末席である空いた席に、リコが座る。
隣の令嬢が少し居心地悪そうに座り直すのを見て、小さく謝罪の言葉を掛けている姿は痛々しい。
「そちらはお席が窮屈そうで大変ですわねぇ」
「ほほほ、王太子殿下の推薦での参加ですもの。 仕方ありませんわ」
「そうですわね、パンプキンス男爵令嬢も楽しまれてはいかが?」
「え、ええ……そうですね……」
小柄な背中を丸め、リコが無理矢理笑顔を作る。
ゲルダはその様子を一瞥したのち、軽く手を叩いた。
「皆様揃いましたね、今日は我がスノードロップ公爵家にお集まりいただき、感謝いたしますわ」
令嬢たちの視線が、ゲルダへと集まる。
この中庭の主である彼女は、優雅に微笑んだ。
「この初夏のひとときをどうぞ、お楽しみくださいませ」




