モモの『闘い』
狭い路地の幅いっぱいに翼を広げ、魔鳥が地を蹴り浮き上がる。
力強い羽ばたきのまま一声鋭い声を放ったその刹那、前方のモモやローラ達めがけて鋭い真空の刃が襲い掛かる。
「ローラ、掴まってろよ!」
素早くジョージが薄汚れた地面に手を突いて防御魔法を展開する。
油膜のような七色のヴェールがドーム型に揺らめいた後、飛んできた刃を弾き返す。
モモもまた、鉄扇を振るって刃の軌道を強制的に変える。
「ここでも『鳥退治』だなんて、つくづく縁が有るわねえ」
右手の広げたままの扇子で隠した口許は優美に笑みを浮かべながらも、その目は笑ってはいない。
「ジョージ、人攫いが……!」
「そこまで面倒見切れねえよ……!」
近くで地面に転がされた男たちは避けることもできず刃の餌食となっていた。
ジョージも気にはしているようだが、自分とローラを守るだけの魔力しか残っていないようだ。
(私には、これくらいしかできないわ)
苦痛の声を漏らす彼らに居た堪れなくローラは、せめてもとばかりに地面に手を触れさせる。
蔦が複雑に絡み合い、倒れ伏す男たちを覆いかぶさるような盾となった。
無いよりはマシだろう。
魔力の消費に軽い目眩を覚えつつ、ローラの目の前で先に動いたのはモモであった。
「アナタはお呼びじゃないの、さっさと退場願うわ」
扇子を優美に、しかし力強く振るえば燃え盛る火炎が生成され、火の弾丸となって魔鳥に次々と飛んでいく。
「ギイイイィ!!」
生物とは本能的に火を怖れるものだ。
この魔物もまた、襲い来る火の弾丸を避けつつも、身体に捻りを加えながらモモへと突進する。
「ヒィィッ」
「――っ!」
足元に転がる男たちが恐怖の声を上げる。
まるで矛のような鋭い回転だ、直撃すればどうなるかは火を見るより明らかである。
避けるのは容易いであろうモモが、扇子を閉ざした状態で敢えてそれを受け止めたのは、後ろにローラとジョージが居るからだろう。
「……ヌゥン!!」
「先生……!」
衝撃の強さを物語るように、踏み締めた後ろ足が下がる。
モモが深く息を吸い、そして吐く。
ちり、と呼吸のなかに火の粉が舞うの、ローラは見逃さなかった。
「――力でアタシに挑もうなんざ、百万年はやいのよォ!!」
二メートル弱の巨体から、闘気と魔力が勢いよく放出される。
それは紅蓮の焔となってモモを包み、魔鳥の突進を思い切り振り払った。
「男は度胸!」
ブーツが軽やかに地を蹴り、モモが飛翔する。
体勢を崩した異形の大鷲に、追撃の鉄扇が灼熱の炎を乗せて放たれた。
「女は愛嬌!」
燃え盛る炎を纏った、丸太のような太腿から繰り出される強烈な蹴りが胸元を直撃し、鎖骨を折る音と悍ましい奇声が響く。
「それを揃えたアタシは、最強よオォ!!」
閉じた鉄扇をまるで鈍器のようにモモが振りかぶる。
その恵まれた筋肉量に相応しい体重を乗せた一撃が、怪鳥の脳天に炸裂した。
「――ギイエエエエェェエ!!」
トドメとばかりに、魔物の肉体が火柱に包まれた。
先程のものとは違い、苛烈な炎は魔鳥の羽毛に燃え広がり肉や骨をも焼いていく。
「すごい……」
「め、目茶苦茶だ……」
ローラも、そしてジョージも呆然と目の前の光景を眺めるしかできない。
どうやらモモの焔は魔物だけを焼いているようで、周囲の建物に燃え移る気配はない。
爆ぜた焔が紅い魔力の粒子となり、空気に溶けていく様は美しさすら覚える。
「……」
黒煙と共に響き渡る断末魔を、モモは静かに聞いている。
炎のようなグラデーションの黒髪がふわりと優雅に舞う。
その頭頂部には頭髪と同じ黒い獣の耳が生えている。
更に、どっしりとしたモモの尻からは、艷やかな黒い獣の尾が伸びていた。
「はぁいオシマイ♪」
モモがローラとジョージを振り返る。
先程までの冷たい瞳はなりをひそめ、いつもの愛嬌たっぷりの笑顔に戻っている。
防御魔法をとき、ゆっくりと立ち上がったローラはおずおずと言った様子で胸中の疑問を口にした。
「先生、その耳と尻尾は……?」
「ん……? アッラぁ!」
きょとんとした様子で瞬きをした後自分の頭を撫でて異変を感じ取ったモモが恥ずかしそうに笑ってみせる。
「やだァ、アタシのワイルドなとこが出ちゃった♡ もぉ恥ずかしいわァン♡」
「先生は亜人なのですか……?」
シーズニアには存在しないが、遠い小国には獣の特徴を持った亜人達が住むと聞く。
目にするのはローラもジョージも初めてだ。
「これもありのままのアタシよ、戦闘本能が刺激されて出ちゃったの」
「はあ……」
「毛並みも良いしプリティでしょ♡」
「いや……もう何も言えねえよ……」
猫の真似なのだろうか、両手を前に交差してウインクを飛ばすモモに疲れた顔のジョージが溜息をつく。
「ジョージもお疲れ様、立派な騎士様ねン♪」
そこで、ローラはジョージに抱きしめられたままであったことに気付く。
至近距離でこちらを見つめる空色の瞳が、きょとんと瞬く。
「わ、悪ぃ!」
「こ、こちらこそ……その、助かったわ」
「お、おう。 これでも準騎士だしな……」
慌てて身を離せば、ジョージは顔を真っ赤にしながら後ろ頭をかく。
顔が熱いのは、きっとアクシデントが連発したせいだと思いたい。
「んーま、初々しいわね♡」
モモだけが涼しい顔で、魔物が倒れていた場所へと歩いていく。
既に、頭からも尻からも獣の特徴は消えてしまっていた。
「ふーん、この世界の『鳥』はこんな綺麗なものを遺すのねェ」
強力な魔物は死んだ際に純度の高い魔宝石を遺す。
薄汚い石畳に転がった、紅色の宝石を拾い上げてモモが小さく呟く。
騒ぎを聞きつけてやってきた憲兵たちのものであろう足音が、遠くから響いた。




