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冒険のはじまり

 翌朝、ローラは外出用の水色のワンピースに身を包み義母からの贈り物のリボンを付けて庭に出ていた。


 「留守の間は、任せたわよ」


 「はい! 邸の面々でお嬢様の宝物をお守りしますね!」


 支度のために早朝から勤務に入ってくれているアンが、背筋を伸ばして元気よく返してくれる。


 あの後、ジョージとのやりとりでサーマ領へ四日間滞在することが決まった。

 丁度ジョージも夏季の休暇を取るつもりだったらしい。


 港町へのガイドを頼むと、快く了承してくれた。


 「お嬢様、爪めちゃくちゃ可愛いですね!」


 「そうなの、先生がしてくれたのよ」


 ローラの手元を覗き込んだアンの目が輝く。


 ローラの指先は昨日施してもらったネイルが朝の陽光を受けて品の良い輝きを放っている。

 すらりと伸びた中指には小さな真珠……に見立てた飾りが付けられており、高級感を演出している。


 「これ、お茶会なんかで見せたら大流行するのでは!?」


 「あり得るかもしれないわ」


 現状、貴婦人は外出時は手袋をするのがマナーと言われている。

 夜会などの比較的露出のあるドレスでも、指先や手首は隠すのが礼儀とされている。


 そのため、緊急時を除いてみだりに人前で手袋を脱ぐのははしたないこととされていた。


 「邪魔するぞ」


 門を潜ってやってきたのは、旅装姿のジョージだ。

 着替えなどの一式の入ったかばんを一つ持ち、身軽そうだ。


 「あ、サンフラワー家の坊っちゃん! 見てくださいよこれ!」


 「おう、朝から元気だな。 ローラもおはよう」


 「おはようジョージ、どうかしら?」


 アンがローラの手を掴み、ジョージに向けてかざす。

 陽光を受けて、真珠飾りがきらりと輝いた。


 「よくわかんねーけど、良いんじゃね?」


 「ダメですよ、そこは「よく似合うよ……」くらい言わないと!」


 「は? 訳わかんねえよ」


 どうやらジョージにはピンとこなかったようだ。


 (まあ、ジョージらしいわね)


 アンとも軽やかな応酬を返す幼馴染を眺めながらローラはふわりと微笑んだ。


 「お、ま、た、せェ♡」


 朝の庭に、妙に明るい野太い声が響いた。

 大輪の花咲く模様の、オレンジ色の肩のあいたドレスを着たモモが、日傘を片手にニコニコ微笑みながらこちらへと近付いてゆく。


 「メアリーからの荷物を預かったら遅くなっちゃった、めんごめんご♡」


 「ローラといい先生といい、この邸の奴は朝から元気だな」


 「あらァンおはよ、ジョージ坊や♡ まだ眠たいならお目覚めのキッスはいかが?」


 「いらねぇよ!? 子供扱いすんな!」


 先日無理矢理頬に口付けられた事を警戒しているのだろう。

 まるで毛を逆立てた子猫のように威嚇するジョージに、モモはニマニマと余裕たっぷりに笑っている。


 随分とジョージを気に入ったようだ。


 (ジョージ、『先生』って呼んでるのね)


 ジョージは今も、早朝にモモと走り込みに行っている。

 どうやら護身術などの手解きも受けているようで、「教え甲斐があるわ」とモモが楽しそうに語っていたのを覚えている。


 どうやら、モモはローラの他にもう一人生徒が出来たようだ。


 (本当に、不思議な人だわ)


 破天荒でいて冷静沈着、お節介で底抜けに明るいこの教育係は、人の心を掴むのが本当に上手いとローラは感心する。


 「で、どうやってサーマ領まで行くんだ? 馬車の用意はしなくていいって言われたからなにもしてないぜ?」


 気を取り直したジョージが、訝しげに首を傾げる。

 その言葉にローラは、一気に気が重くなった。


 「うふ、アタシに任せてちょうだい」


 「任せて大丈夫なんだろうな」


 「ええ、私はもう覚悟してるわ」


 「おい、一気に不安になったぞ」


 ジョージの荷物を半ば奪い取り、ハンドバッグに押し込んだモモが入れ違いに白い日傘を取り出す。


 ……そう、『あの』日傘だ。


 「じゃあ悪いけど、ジョージはアタシの背中にしがみついてちょーだい」


 「はっ……、お前まさか」


 「うっふん♡ これも修業だと思いなさいな」


 察しがついたジョージの顔がにわかに青ざめる。

 彼は先日の訪問のからくりを知っている、自分が当事者になろうとは思っていなかったようだ。


 「だーいじょうぶ、三人くらいまでならアタシ一人の魔力でなんとかなるわ」


 「加減間違えたら死ぬぞ」


 「ちゃんと休憩も挟むから、しーっかり掴まってちょうだいね♡」


 「おい、ローラは絶対落とすなよ、洒落になんねえからな」


 王都からサーマ領までは馬車で一日以上かかる。

 ゲルダ嬢のお茶会まで猶予が少ないため、強硬手段を取らざるを得ないのだ。


 「……ええい、ままよ!」


 覚悟を決めたジョージが、モモのたくましい背筋にしがみつく。

 けして小柄ではないジョージに抱き着かれてもモモの体幹はびくともしない。


 「はあい、お嬢様はこっちね♡」


 ジョージをぶら下げたまま、モモがニッコリと手招きをしてくる。

 今度はローラが覚悟を決める番だ。 


 「……行ってまいります」


 「留守はお任せください、お気を付けて」


 「無事のお帰りをお待ちしてますね!」


 アンと、見送りに来たメアリーが硬い顔で頷く。

 本当なら全力で反対したいのだろうが、事情が事情のため口を出さないでくれているのだ。


 しずしずとモモの元へ向かうと、先日と同じように腕に抱きかかえられる。

 ぶわりと風が舞い上がり、ローラは下を見まいと固く目を閉じたのであった。

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