オシャレは爪先から
テーブルの上には、二人分のカップが置かれている。
膝の上に置いてあるバッグから、モモがずるりと引きずり出したのは明らかにバッグよりも質量の大きな灰色の籠であった。
「……!?」
ローラの隣で見ていたメアリーが目を剥く。
ローラもまた、メアリーと同じ気持ちだ。
「これがアタシのネイル一式よン♡ セルフネイルに凝ってた時期があって色々集めてたのよね」
「貴方、化粧係にもなれそうね……」
「ありがとメアリー、嬉しいわン♡」
籠というにはあまりにもつるつるしている。
ローラには馴染みのない、未知の物質で出来ているようだ。
籠の中は細かく仕切られており、色とりどりの液体が詰まった小さな瓶が綺麗に並んでいる。
メアリーと共に、興味津々に中身を覗き込んでしまう。
「これが、ネイルの道具ですか……?」
「そ、マニキュアっていうの。 ものは試しよ、片手出して?」
言われるがままにローラが手を差し出すと、モモは綺麗なナプキンで指先を清めてくれる。
何本か小瓶を出され、ローラが選んだのは春咲花のようなパールピンクであった。
「これ春の新作なのよ、綺麗よね」
「そうですね」
透明な液体の入った小瓶を開けると、ツンと独特な香りがする。
蓋には小さな刷毛がついており、これで色を塗るのだろう。
「先生、それは?」
「これは下地よ、無くても良いけど有ったほうが綺麗に仕上がるのよ」
「へえ……」
「ハンドマッサージをして血行を良くしたらサイコーなんだけど、今日は省略しちゃうわね☆」
軽やかな口調ながらも、モモの視線はローラの手に向いたままだ。
慣れた手つきで透明な液体を塗れば、フウ……と軽く息を吹きかけられる。
「擽ったいわ」
「あらやだごめんなさい、すぐ乾くやつだけど念のためね」
ここからが本番のようで、小さな刷毛で親指から丁寧に爪を染めてゆく。
「これは、どうやって作られているのでしょう」
「こういうのは家庭では殆ど作らないわねえ、アロマネイルなんかは水糊とか顔料を使ったりしてるけど、水で落ちちゃうから長くは使えないわね」
「……パーティーやお茶会の際だけ染める、なんて使い方も出来そうですね」
なるほど、そういった使い方も出来るか。
メアリーの独り言に近い発言に頷きつつローラはじっとモモの手元を眺める。
「これを分けてもらうのは……ダメかしら」
「アナタが使うならいいけど、あのお嬢様にあげるならダメね。 これ全部開封してるもの」
「そう……ゲルダ様にも先生にも失礼ね」
「うふふ、優しい子ね」
大きな手が、ちまちまとした繊細な動きでローラの指先を彩っていく。
庭弄りで少しだけ手荒れのある手が、少し華やいで見えた。
「なら、自作するのが良さそうね。 アロマネイルなら、顔料と洗濯糊で作れそうだわ」
「植物ならローラの独壇場ね♡ あとは、顔料かしらン」
「お二方、顔料なら貝の粉などどうでしょう。
パールシェルなんかは、質の良いものだと真珠に匹敵する輝きを持つので、マニキュアに向いてるかもしれませんよ」
静かに進言したのは、メアリーだ。
なるほど、その手があった。
「ありがとうメアリー、いいアイデアだわ」
「恐縮です、お嬢様」
「パールシェル? 聞いたことないわねェ」
「パールシェルはサーマ領の港町でとれる美しい貝です、砕いて白粉に混ぜたり絵の具にしたりするんですよ」
「ンーマ! 良いじゃないメアリー、アナタ冴えてるわ!」
モモとローラから褒められ、メアリーが満更でもない顔で一礼する。
王都でもパールシェルの粉は手に入るが、混ざり物も多い。
手に入れるとしたら、直接サーマ領に向かうのが良いかもしれない。
そして、サーマ領のことを知る心強い味方が、ローラには居た。
「メアリー、ジョージに伝達魔法を飛ばしてくれるかしら」
「かしこまりました」
きっと彼なら、助けてくれるはずだ。
そう確信しながら、ローラは美しく仕上がった己の指を見下ろすのであった。
明日はローラが小旅行にでかけます。
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