ローラの『やらかし』
モモからカモミールティーとリンゴジュースを使ったホットドリンクをご馳走になった後、寝間着に着替えたローラはベッドに横になっていた。
(手土産、何がいいかしら……)
茶会に呼ばれた場合手土産を持っていくのは淑女のマナーである。
たかが手土産、されどそこにセンスと品格が現れる。
ましてやローラはゲルダと同じ王太子妃候補である、生半可なものを持っていけば軽んじられてしまうことは明白だ。
(……可愛らしいものは、お好きなのだと思う)
一度だけ、王都のブティックでゲルダを見かけたことがある。
その際彼女は、ショーウィンドウに飾られた、レースとリボンをふんだんにあしらった可憐なピンクのドレスを眺めていた。
(いつも着てらっしゃるドレスとはタイプが違うと思っていたけれど……)
モモの言う通り、可愛らしいものを好むことは隠しているのかもしれない。
普段ゲルダが袖を通すドレスは大人びたデザインやシンプルなものが多く、鮮やかな紫や深海のような蒼黒などの色味のものが殆どだ。
(そういえば)
一度だけ、ゲルダが愛らしいドレスに身を包んだことがあった。
六年前、王妃の計らいで王太子妃候補として初めて顔を合わせた日であった。
(確か、淡いあんず色のドレスだったわね)
この時十歳だったローラには、一つ上のゲルダのその堂々とした立ち居振る舞いはまさに理想的な淑女に映った。
しかし、その時感じた違和感を、幼かったローラは考えることなくそのまま口に出してしまったのだ。
――そのドレスは合わないと思うので、やめておいたほうがいいです。
それを聞いた、まだ十一歳であったゲルダが激昂するのは当然だ。
(もっと言い方があったじゃない!)
『理由』があったとしてもあまりにもお粗末だ。
思い返すだけで顔から火が出そうだ。
あまりの恥ずかしさに枕を抱えて足でパタパタとシーツを蹴ったローラは、そのまま赤かった顔を青ざめさせた。
(ゲルダ様が可愛いものを着なくなった原因って、もしかして私なのでは……?)
過去の自分は、とんでもないことをしてしまったかもしれない。
その重責感に、ローラは人知れずごくりと唾を飲み込んだ。
◆◆◆
翌朝、朝食の席でカフェオレに浸したクロワッサンを口に運んだモモの瞳がローラに向く。
「――つまり、六年前の失言が原因かもしれない訳ねェ」
「恐らくは……」
誇り高い彼女に、初対面で恥をかかせてしまったのだ。
思い返せば返すほど、嫌われても仕方ないとローラ自身も感じる。
「傷つけるつもりは無かったんです。
ただ、淡いあんず色のドレスだとゲルダ様のお顔がなんだかぼやけて見えてしまって」
「なーるほどねン」
朝食のスクランブルエッグはとろとろとした半熟だ、口に含むとじゅんわりとバターの風味が鼻に抜けて溶けてゆく。
「確かに、あのお嬢様は淡い色は似合わないかもね」
「そう、なんですか?」
「彼女、多分典型的なブルベ冬だもの。はっきりとした色とか、青みがかった赤の方が得意だったりするわ」
「ぶるべ、ふゆ」
モモから聞き慣れない呪文が飛び出し、思わず復唱する。
しかし、教育係が言わんとすることは何となくわかった。
「……ゲルダ様、以前着ておられたヴァイオレットのドレスもよくお似合いでしたね」
「そうそう、ああいう色やシルバーのアクセサリーなんかが映えたりすると思うわ」
ブルネットの髪に透き通るような白い肌、血のように赤い唇。
まるで白雪姫がそのまま現れたような姿のゲルダは確かに淡い色味よりも鮮やかな色のドレスが似合うかもしれない。
「ま、誰しも一度は事故るものよ。
ちなみにローラは、こっくり系が事故りやすいと思うから気をつけてねン♪」
「こっくり系、とは」
「テラコッタとか黄色味の強いオレンジや赤かしら、秋っぽい色味のものはアクセサリーや小物に入れると良いわよ」
「なるほど、参考にします」
言われてみれば、いつも着ているドレスは淡い色味のものばかりだ。
納得するローラににこやかに頷きつつ、モモはボイルしたウインナーにナイフを入れる。
「話を戻すけどローラの事だけじゃないと思うわよ」
「そうでしょうか?」
「アナタに言われたことが一因あるとしても、あのプライドの高そうなお嬢様なら周りに知られたくないと思うんじゃないかしら」
この年代の女の子はどこの世界も難しいわよね、とモモがウインナーを口に運ぶ。
口端についた油をナプキンで拭えど、ヴァイオレットカラーの鮮やかな口紅は、どういう原理か殆ど落ちていなかった。
「そうだと、いいのですが」
「個人的には、隠さなくても楽しめるようになったらいいのになーって思うけどねン」
そう締めくくり、モモはカフェオレのカップを持ち上げる。
見目こそ奇抜だが、その所作は優雅でそつがない。
もしかしたら、元の世界でもそれなりに裕福な家の出なのかもしれない。
そう感じながら、香ばしい香りのクロワッサンを一口大にちぎったローラはふと、モモの指先の変化に気づいた。
「先生、新しい爪にされたんですか?」
昨日は淡いあんず色だったが、今日は口紅に合わせた濃淡のグラデーションが美しいヴァイオレットカラーだ。
「これ? 夜に塗り替えたのよ。 セクシーで可愛いでしょう?」
カップを置いたモモが、よくぞ気付いてくれましたとばかりに瞳を輝かせながら五指を広げる。
人差し指と薬指には小さな宝石が付いており、キラキラと輝く様がなんとも美しい。
「いつ見ても新鮮です」
「この国の人はネイルはしないわよねぇ」
シーズニアで爪を彩るような貴婦人はいない。
モモの居た世界の化粧品のレベルは、非常に高いと改めて思った。
「……これ、ゲルダ様にしてあげたら喜ばれるのでは?」
ふと、小さな思い付きがそのまま口をついた。
何気なしに言った言葉が鮮やかに浮かび上がる。
「指先なら、ゲルダ様が望む『可愛いもの』を忍ばせられるのではないでしょうか」
これならゲルダも、喜んでくれるかもしれない!
朝日を受けてキラキラ輝くローラの瞳に呼応するように、モモが大きく頷く。
「いいじゃない、話を詰めましょう!」
頃合いを見計らったかのように、メアリーがローラの空いたティーカップにおかわりの熱い紅茶を注いだ。




