『氷雪の薔薇』からのお誘い
ゲルダ・スノードロップはローラの一歳上である公爵家の令嬢だ。
希少な自然魔法である『凍らせる魔法』の使い手であり、次期王妃に最も近い令嬢だと言われている。
自他共に厳しく、その孤高さから『氷雪の薔薇』と呼ばれ、同年代の令嬢たちの憧れの的となっている。
そんなゲルダから、ローラは長年嫌われ続けていた。
◆◆◆
「策があるって言ってたけど、どうするつもりなの?」
ジョージの祝勝会も無事に終わったその夜。
夕食の後サンルームから庭を眺めていたローラに声をかけたのは、モモであった。
「実は私、ゲルダ様のお好きなものを知っているんです」
「あら、そうなの?」
それは王妃様主催の茶会であったり、令嬢たちの噂話などから聞いたものだ。
『ゲルダ・スノードロップ公爵令嬢は可愛いものが好き』……要約すると、そういうことである。
「つまり、お茶会の手土産に何か可愛いものを持っていくのね」
「はい、そこから会話が弾めばいいなと思いまして」
ゲルダからお茶会に誘われる事など早々ないだろう。
手土産でゲルダの興味を引き、そこから関係の改善を……あわよくば友人のような間柄になれたりしないであろうか。
むん、と意気込みを見せるローラを微笑ましく眺めていたモモがおっとりとした様子で首を傾げた。
「それで、何を持っていくのかしらん?」
「……」
一拍、二拍、沈黙が生ずる。
「そこまでは、まだ」
気まずくなり、目を逸らす。
可愛いものを、と言ったはいいが何を持っていくかまでは考えていなかった。
「可愛いといっても色々あるものね」
「ポプリを使ったぬいぐるみなんて、どうでしょう」
思い付いたのは、ポプリの袋を縫い付けたぬいぐるみだ。
見た目も可愛らしいし、リラックス効果も有りそうだ。
「ポプリ人形ねえ、確かに可愛いと思うけれど一から作るとなるとホネよぉ」
確かに、ローラには裁縫の経験は全く持ってない。
布から作るとなると相当な労力になるであろうし、そもそもゲルダのお眼鏡に適うものが作れない可能性がある。
「あとは、アクセサリーとか……」
同性の、しかも大して仲のよくない人間からのアクセサリーは果たして喜ばれるだろうか。
公爵令嬢であるゲルダはセンスも洗練されている、生半可なものを贈れば本人は何も言わずとも取り巻き達から嘲笑されてしまうだろう。
(他は小物入れかしら……?)
思い浮かぶものは、年頃の娘にはどれも幼すぎる気がする。
思い悩むローラの肩をそっと、モモが叩いた。
「ねえローラ、考えてみて」
何事かとモモを見上げれば、黒い瞳が静かに細められる。
「それは、あくまで噂よね? それが本当であったとして、スノードロップ公爵令嬢が公言していないなら、『あえて』隠してるっていう事も考えられないかしら?」
「……あ」
気高く、弱みを見せない彼女が自らの嗜好を隠している可能性を、なぜ思い浮かばなかったのだろう。
そんな彼女にぬいぐるみなどの少女趣味なものを贈っても喜ばれることはないだろう。
下手をすれば、『噂にかこつけた嫌がらせ』だと受け取られてしまうかもしれない。
「私ったら、先走りすぎてしまったわ……」
「心意気は素敵だと思うけれど、それが伝わらなかったら勿体ないわよ」
頬に指先を当てて恥じ入るローラに、モモは微笑ましい様子で頭を振る。
「それに、『可愛い』って人によると思うわ。
ローラの思い浮かべる『可愛い』と、スノードロップ公爵令嬢が思い浮かべる『可愛い』が違うかもしれないじゃない?」
「なるほど……」
「ま、女の子は大抵可愛いもの好きだけどね、アタシも可愛いもの大好きよン♪」
確かに、モモが持っているものはどれも斬新だが可愛らしいものばかりだ。
特に化粧品の類はこの世界よりも発達しているようで、まるで宝石のような煌びやかさと乙女心をくすぐるデザインが融合したようなものが多い。
「先生の持ってるお化粧品を分けてもらうわけにもいきませんよね」
「うーん、出来なくはないけど基本的にはアタシの使いかけになっちゃうわねえ」
「それはちょっと、失礼ですね」
モモの持つ化粧品ならば、ゲルダはもちろん他の令嬢たちの話題も掻っ攫えそうだが、残念だ。
「まあ、お茶会まで時間は有るんだからゆっくり考えましょう?」
「そうですね」
「さ、夜も更けてきたわ。
アタシが美味しいハーブティーを淹れてあげるからそれ飲んで休みなさいな」
モモに促され、ローラはサンルームから出る。
扉を閉めるモモの指先は、淡いあんず色に染まっていた。
四章始まりました。お付き合いお願いします。




