喜びと、新たな波乱
二日後、ローラの庭は活気に満ちていた。
アンの手により綺麗に磨かれた四人掛けのガーデンテーブルには、軽食や片手で摘めるスイーツが並べられている。
「それじゃあ、ジョージの快進撃を記念して……かんぱぁ〜い!」
紅茶の入ったティーカップを持ったモモが、明るい声音でその手を天高く掲げる。
同じデザインのカップを片手に、ローラは困ったように静かに笑んだ。
「もう、先生ったらはしたないわ」
「今日はおめでたい日なんだし、身内だけなんだから堅いこと言いっこなしよン♪」
そのままモモの視線は本日の主役であるジョージへと移される。
ローラの庭を訪れた初めての客人でもある彼は、モモの勢いに若干押され気味だ。
「ほーら、アナタも乾杯しましょ!」
「いやいい、なんか勢い余ってカップ割りそうだし……」
「人のこと悲しきモンスターみたいに言わないでくれるぅ!?」
「鏡見てこい、鏡」
段々と息が合いつつある二人の掛け合いを眺めながら、ローラは一口音もなく紅茶を口に含む。
今日のために開けた客用の茶葉は、香り高く美味だ。
「本当におめでとう、ジョージ。 試合、すべて勝ったって聞いたわ」
「おう、俺に掛かればこんなもんよ」
「確かに、同年代のコに比べたら基礎体力はあるものねェ」
ジョージは、あの後試合に全勝してその力を示してきたようだ。
この調子でいけば、成人である十八歳を待たずして正騎士の称号を与えられる可能性も出てきたのだという。
「さすがだわ、ジョージは子供の頃から運動が得意だったものね」
「そうだな……でも、お前が前の日に激励に来てくれたから力を出し切れたんだと思う」
「ジョージ……」
ティーカップを持ちながら、照れくさそうに鼻を掻いたジョージはぶっきらぼうに続ける。
「マッサージ、悪くなかったよ。 その、ありがとうな……ローラ」
「……ふふ、どういたしまして」
幼馴染の描く『夢』の役に立てた事が、素直に嬉しい。
擽ったそうに頬を赤らめるジョージとローラを、モモがニンマニマと緩んだ顔で見守る。
「……なんだよその顔」
「べっつにー? お祝いに、ローラからキッスでもして貰ったらって思っただけよン」
「は!? バカ言うな、王太子妃候補にそんな大逸れたことさせられねーよ!」
「じゃあアタシが代わりにしてあげるわねェ、んーまっ♡」
「ちょ、いらねえよやめ……ギャアー!!」
ジョージの腕を押さえ、モモが白い頬に口付けるのをローラは思わず顔を覆った指の隙間から眺める。
鍛錬をしているジョージが一切振り払うことが出来ていないのが、モモの筋力の凄さを物語っている。
さりげなく、本当にさりげなく紅茶のおかわりを注ぎにきたメアリーの目もどこか生ぬるかった。
「でも、私も何かしらお祝いは贈りたかったわね」
今日の良きこの日に用意できなかったことを残念に思っていると、生気を吸われたようないささか疲れた顔をしたジョージが、少し考えた後に口を開いた。
「こないだの軟膏まだ残ってるか? あれ、手荒れに効くからもう少し欲しいんだけど」
「それなら、お安い御用よ」
「お前の作ったやつ、いい香りだし余計な力を入れずに剣が振るえて良かったぞ」
「あら、リラクゼーション効果ってやつかしらねン」
ジョージの手は、小さな傷こそあるがいつもよりも肌の艶がよく思える。
香りにリラックスできる効果が有るのだろうか。
軟膏なら材料さえ有れば幾つでも作れる、お守り代わりに渡すのも良いだろう。
「ジョージの役に立てるなら、あのラベンダーたちも本望だわ」
「お前の庭の花はいつも元気が良いな」
「ふふ、いつでも遊びに来てね」
「非番の時にでもまた、塩蜂蜜クッキーを持って遊びに行くよ」
日々丹精込めて作っている自慢の庭だ、褒めてもらえると悪い気はしない。
この日のために、アンの婚家に作ってもらったフルーツの乗った一口サイズのデニッシュパイを紅茶と共にいただく。
フルーツとバターと華やかな香りの茶葉のマリアージュを楽しんだ後、ローラはカップを置いて静かに呟いた。
「……他の方にも遊びに来てほしいわ」
悲しいかな、ローラには同性の友人が居ない。
これまでの悪評が祟り、お茶会の場でも嫌味を飛ばされるか敬遠されるかのどちらかだ。
「令嬢の間では、親しいお友達なんかを邸に招待しあったりするらしいわね」
「人と話すのが苦手なお前にはハードルが高くねえか?」
「大人数で話すのは苦手だけど、一対一でお話する分には大丈夫……だと思うわ」
今でも言葉選びが下手でモモに諌められる事があるが、それでも貴族の娘として、同性の味方は欲しいところだ。
「アテはあるのかよ」
「……今朝、スノードロップ公爵令嬢から初夏のお茶会の招待状をいただいたわ」
思い浮かべるのは、涼やかなグリーンの瞳だ。
ゲルダは王都内の令嬢たちのリーダー格であり、憧れの的だ。
不仲であるローラのところにもお誘いがあったのは、同じ王太子妃候補だからだろう。
「思いっきりアウェイじゃねえか……」
心配そうな顔のジョージの隣で、モモは興味津々といった顔でローラを見ている。
その視線にこくり、と一つ頷いたローラはこう告げた。
「このお茶会で、お友達を作るわ」
「大きく出たな……」
「出来たらスノードロップ公爵令嬢と仲良くなりたいわ」
「本当に大きく出たな!?」
ジョージが目を見開いて驚くのも無理はない。
二人の王太子妃候補が初対面のころからそりが合わないのは、王都では有名な話だ。
「同じ妃を目指す者だもの、本来ならば切磋琢磨し互いに高みを目指すものだと思うわ」
「それはそうだけどよ」
「それに、今回は秘策があるのよ」
きっと、頑張れば、ゲルダと仲良くなれる。
そんな自信が今のローラにはあった。
心配そうに眉をひそめるジョージの肩を、モモが軽く叩く。
「ローラが決めたことなんだから、アタシ達は見守りましょうよ」
楽しそうなものを見るような目のモモが、ぱっちんとウインクをする。
お気楽な教育係の様子にジョージも肩を竦め、ローラに激励を飛ばした。
お茶会は、一週間後であった。




