幼馴染の絆
久々に握った、幼馴染の手は記憶していたものよりも大きく感じる。
細かい傷やたこができた長い指先も、広い掌も、彼がもう幼い頃にじゃれあって笑っていた小さな子供ではないことが、少し寂しくも感じられた。
「……痛かったり擽ったかったりしたら言ってちょうだい」
「……おー」
どこかぎこちない空間を和らげるように、ふわりと香るのはラベンダーとオレンジの甘い香りだ。
昨日モモと共に作ったハンドクリームは伸びも良く、ジョージの肌にも馴染んでくれている。
おどけた様子でモモが「ダンスパーティーよぉん♪」と溶かした蜜ロウやオイルと精油を混ぜている姿が脳裏に浮かび、吹き出しそうになるのをそっと堪えた。
「……昔もこんなこと、有ったな」
ぽつりと呟いたのは、ジョージであった。
モモから教わった掌にある『疲労回復スポット』をグリグリと刺激していたローラがそっと顔を上げる。
「あったかしら」
「有ったよ、昔実家にお前が遊びに来た時に魔物が出ただろ。 その時に出来た傷に、傷薬を塗ってくれたの忘れたのか?」
掌の中央の『疲労回復スポット』を親指で強めに押しながらローラは軽く思案する。
「……そういえば、有ったような気がするわ」
口から出た答えは、なんとも薄ぼんやりしたものだ。
ジョージが呆れたように目を細めて肩を落とす。
「俺だけはっきり覚えてて、なんか恥ずいじゃねえか」
「ううん、なんだか嬉しいわ」
言われてみれば、そんなことも有った気がする。
ジョージの生家であるサーマ領は、魔宝石の採取場所も多いため、魔力で出来たひずみから魔物が生み出されることも多い。
サンフラワー伯爵家に祖父と泊まりがけで遊びに行った際に、ジョージと裏手にある山の川遊びに行った際に小さな魔物に襲われたのだ。
「今思うと我ながら無茶な事をしたと思うぜ」
「本当に、毒を持つ個体じゃなくて良かったわ」
十歳にも満たない子どもが、近くに落ちていた太い木の枝で追い払えたのは相当運が良かったと思う。
その際にジョージは、ローラを庇って腕を引っかかれたのだ。
「お祖父様から軟膏を持たされていたのよね、確か」
「おう、泣きながらベタベタに塗られたから甘い香りで虫が寄ってこないか心配だったぜ」
「何よそれ」
どちらともなく、くすりと笑みが溢れる。
そこからはマッサージの手を休めることなくローラはジョージと昔語を続けた。
一つ一つは他愛のないもので、なかにはローラが忘れかけていたものまであったが、その全てが今となっては懐かしい宝物だ。
「……この間はごめんなさい、見苦しい所を見せたわね」
手首に触れたローラの指が、一瞬わななく。
広場での醜態を詫びれば、ジョージもまた気まずそうに眉根を寄せる。
「……こっちこそ、悪かった。 助けてやりたかったのに、何も出来なくて」
「ジョージは正しいわ、あそこで止めに入ったら王太子の不興を買っていたと思う」
感情のままあの場を諌めようとしたら、騎士としての道も閉ざされかねない。
「だから、その気持ちだけで充分なの」
穏やかに目を細めれば、ジョージは歯痒そうに顔を顰めた。
「……本当は、お前の近くに居たいよ。 けど、俺が傍に居たらお前に迷惑が掛かる」
ぽつり、ぽつりと語られるのは幼馴染の本音だ。
「内気なお前が王太子妃教育をこなして、魔法も研鑽していって、腹の読めない女狐みたいなやつらとやりあってるのも知ってる。 正直、倒れたと聞いた時は血の気が引いたよ」
少しの間の後、ジョージは空色の瞳をローラに真っ直ぐ向ける。
「なあ、どうしても王太子妃になりたいのか?
このままじゃお前、本当に潰れちまうぞ」
「ジョージ……」
その瞳はローラを慈しむ、けれど悲しみに満ちた色をしていた。
ジョージに言われずとも、王太子妃になんて向いてないのはローラが一番わかっている。
「あのね、ジョージ」
幼馴染の大きな掌を包み込むように握り締める。
ローラは覚悟を決めたように軽く息を吸い、そして小さく笑んだ。
「私は大丈夫よ」
「でも」
ハンドクリームを足して筋肉のついた腕から肘までを、きゅっきゅと力を入れて揉みほぐしながらローラは続ける。
「今ここで私が逃げたら、お祖父様やお父様の顔に泥を塗ることになるわ」
きっと、王太子妃に選ばれるのはローラではない。
選ばれなかったローラがどうなるのかは、彼女自身にも先は読めなかった。
「それに、私にはジョージやモモ先生が居るもの。 だから、少しくらい辛くても大丈夫だわ」
「ローラ……」
「だから、ジョージには傍に居てほしいわ。 もちろん、友達として」
一瞬、ジョージはきょとんと空色の瞳を瞬かせた後に細く溜息をつく。
そして仕方ないとばかりに口許を綻ばせた。
「お前は危なっかしいからな、俺が近くに居ねえと何するか分かんねえ」
「よく分かってるじゃない」
空いた手で、ジョージがローラの手に触れる。
「俺、王都つきの騎士を目指してるんだ。 特に優秀な騎士は王や王妃付きの近衛騎士に拝命されることもある」
決意を固めるように、ジョージの指に力が入る。
こちらを見つめる夏の空のような鮮やかな青が、眩しい。
「万が一お前が王太子妃になったら、俺を指名してくれ。 必ず守ってやるから」
ニシシと笑うその表情は、まるで小さな子供のようで。
幼馴染は変わらずにローラの傍に居てくれる事に、心が熱くなった。
「……そうね、素敵な夢だわ」
ふわり、と室内の甘い香りに花の香が混ざる。
満開の春咲花は今、ローラの心に呼応するように咲き誇っていた。




