ふたりの時間
モモに抱えられた放心状態のローラが、サンフラワー兄弟が住まうタウンハウスを訪れたのは三十分程前だ。
馬車もなしに突然バルコニーに現れたローラ達に、度肝を抜かれながらもジョージは手厚く介抱をしてくれた。
「本当にごめんなさい、ジョージ……」
「大丈夫かローラ、気分はマシになったか?」
「ウフフ、中々スリリングだったでしょ」
「お前はちょっと反省しろ!!」
「あァン、反省してまーす♡」
ミントとレモンの香りをつけた水を貰い、少し気分が良くなったローラは力無い笑みを浮かべながらジョージに礼を述べる。
その隣ではモモがジョージに怒られ、頭をコツンと叩きながらわざとらしく舌を出していた。
魔法を使う媒体があるとはいえ、あれだけの大技を繰り出したのだ。
コントロールに大量の魔力を使ったと思われるが、モモの顔には疲れ一つ見られない。
(本当に先生はどうなってるのかしら)
なんなら、先日ポプリを作るために数時間集中したほうが疲れているように思えた。
「本当に、バルコニーに現れた時にはどうしようかと思ったよ」
四人がけの応接テーブルを囲み、ジョージの隣で微笑むのは彼の兄であるソーラ・サンフラワーだ。
穏やかな青年だが、髪や瞳の色や顔立ちなんかは弟とよく似ている。
「本日はお招きいただきありがとうございます、それとご婚約おめでとうございます」
「ありがとう、これで母上にせっつかれなくて済む」
次期当主であるソーラは、この度婚約が決まった。
王宮の文官であり、それなりにハイスペックながらも決まるまでに時間が掛かったようだ。
「それで、今日はジョージに用があって来たのだよね?」
穏やかに微笑む兄の隣で、ピクリとジョージが片眉を寄せる。
「……はい、明日が大切な試合が有ると聞いて、微力ながら応援に伺いました」
「当日は応援に行けないから、今日お時間頂いたのよン」
モモがにこやかに言葉を繋げてくれる。
ソーラもまた、納得したように頷いた。
「なるほど、ローラさんに激励してもらえたらジョージもやる気が出るでしょう」
「おい、兄貴」
困惑したように睨んでくる弟を、ソーラは微笑ましく見ている。
「たまにはちゃんと話をしなさい」
言葉を詰まらせるジョージに、水を得た魚のようにモモが援護射撃を飛ばした。
「じゃあアタシはお兄さんと遊んでようかしら。 後はお若い二人でよろしくネ♪」
あれよこれよと話が進んでいく。
モモとソーラがにこやかに応接室を退去すれば、後にはローラとジョージだけが残された。
「その、ごめんなさい……どうしても、話がしたくて」
空色の瞳が、真っ直ぐにローラを射抜く。
「仮にも王太子妃候補が、婚約者の居ない未婚の男に近付くな」
「分かってるわ、だから見つからないように来たのよ」
「それで具合悪くなってたら意味無いだろ」
ぐうの音も出ない程の正論だ。
それでも、怖い思いをしてまで掴んだチャンスなのだ。
ローラはドレスの裾を握り締めつつ食い下がる。
「明日試合なんでしょう? 私、先生に教わってハンドマッサージのやり方を教えてもらったの」
「……は?」
ジョージが思い切り顔を顰める。
明らかに機嫌の悪そうな低い声に、ローラは慌てて付け足す。
「もちろん練習台にはメアリーとアンになってもらったわ、それに二人から筋が良いって褒めてもらったのよ」
「……まあいいや、それが俺と何が関係有るんだよ」
呆れたように溜息をつくジョージに、ローラが続ける。
「有るわよ、いつも鍛錬していて腕を酷使してるでしょう? マッサージするから、その間だけでも話をして欲しいの」
「だから、さっきも言ったけど婚約者の居ない未婚の男にそういう事するなって……」
「ジョージは大切な幼馴染だもの、心配して何が悪いのよ」
紡いだのは、紛れもない本心だ。
拒絶されたら、という不安よりも伝えなければという思いがローラの背中を押したのだ。
少しの沈黙の後、ガリガリと頭をかいたジョージが片手を差し出す。
「終わったら帰れよ」
バツが悪そうに目を反らしてぶっきらぼうにそう告げる彼に、恐怖で萎んでいたローラの頭の春咲花が一つ蕾をつけた。




