モモ先生の特別授業♡身の上話を添えて
「元々ジョージはサンフラワー伯爵家の次男で、家を継ぐことは殆ど無いから最初は入婿として私と婚約する話も出ていたらしいんです」
「確か、この国では爵位を継げるのは男だけだったわね」
「ええ……まあ、私の魔法が発現してからはその話は無かった事になりましたけどね」
今でも時折考えることがある。
もし自分に『花を咲かせる魔法』が無かったら、ジョージは今頃ローラの婚約者として隣に立っていたのかもしれない。
それに父も、最愛の母への想いを貫き通せたかもしれない。
そうすれば、自分は王太子妃候補にはならず、未来のブロッサム伯爵夫人として故郷で静かに過ごしていたかもしれない。
(今となっては、全てが空想だわ)
過去はもう、やり直しようが無いのだ。
自嘲するように笑うローラの、ひんやりと冷たい手を温めるように両手で指圧しながら聞き役に徹していたモモがそっと口を開いた。
「それでも、ジョージはアナタの傍に居ることを選んだのよ。 昔みたいに近くには居られなくても、彼は彼なりにアナタの事を案じているわ」
「分かっています……けれど、今回で幻滅されたかもしれません」
気不味そうに、眉根を寄せて目をそらしたジョージの顔がありありと思い浮かぶ。 こんな形で幼馴染を失うかもしれないことが、ローラにはひどく恐ろしく感じられた。
「……確かに、このままだとアナタは言葉を掛ける事なく彼と疎遠になるかもしれないわね」
クリームの滑らかさを借りて、モモはその大きな手からは想像も出来ないほどの細心の注意を払った絶妙な力加減で手首から肘までの間を揉み込んでいく。
「ね、彼は本当にそれを望むのかしら?」
「……え?」
漆黒の、人懐こい瞳が穏やかな光を宿しながら細められる。
「そりゃあ、彼の立場も有ると思うわ。 ただ、彼の本心はまだ聞けていないじゃない?」
きゅ、きゅと指圧を加えながら、モモが強張った筋肉を揉みほぐしていく。
それに呼応するように、ローラの胸の内のモヤモヤしたものも、少しずつ和らいでいくような気がした。
「アナタの性質上、直接誰かの心に踏み込むのはとても勇気がいると思う。 でも、きっとジョージもこの関係を喪うのが怖いのだと思うわ」
「……先生」
モモの大きな掌が、ローラの白い手を包み込む。
その手は、どちらかと言えば太陽のような暖かさに思えた。
「女は行動力よ。 いざという時に勇気を出して動けるのが、『淑女』として大切な事だと覚えておきなさいな」
「……」
「ま、男も必要だと思うけどねン☆」
最後は明るく茶化しつつ、ローラの手から褐色の指が離れてゆく。
ほかほかと、手のひらから肘の先まで心地よい暖かさに包まれていた。
「まるで、魔法みたいですね」
「んふ、でしょう? 案外エステとか美容院とか、話しやすくなったりするわよね」
「……先生は凄いですね、どうやったらそんなに上手に人と関われるのですか?」
異世界に来ても陽気に振る舞い、貴族や王族すらも心を掴むその手腕はローラにとっては『魔法』のようだ。
モモは、少し思案した後穏やかに口端を持ち上げる。
「アタシも最初は人付き合いは苦手だったわ、けれどアタシなりに関わっていこうと積極的に話しただけよ」
「関わる、ですか」
「怖いから、とか億劫だから……って避けてしまうのは簡単だけど、それじゃあ人とは分かり合えないものよ」
「……」
かつての自分は、どうだったであろうか。
淑女であるように、隙を見せないようにと無理のある立ち回りをして、相手をしっかり見ていなかったかもしれない。
「参考に、なります」
「そう、良かったわ」
モモが、肩に掛かった黒髪を払いながら軽く小首を傾げる。
「――で、ローラはどうしたいのかしら?」
義母との関係も、ローラが踏み出したことで改善された。
拗れてしまった幼馴染との微妙な距離感が同じように直るとは言い切れない。
けれど、脳裏に浮かぶのはかつての隣で笑ってくれるジョージの姿であった。
「……私、ジョージと会って話がしたいです」
夕陽が落ちる静かなサンルームに、決意を込めたローラの柔らかな声が響く。
ローラの返答を聞いたモモが、満足そうに頷いた。
「覚悟を決めた素敵なお嬢様に、良いことを教えてあげる。 ジョージ、三日後に大きな試合が有るみたいよ」
モモの話によると、準騎士同士の大会のようなもので上位成績者は正騎士候補として認められるのだそうだ。
ジョージの夢を叶えるためには、負けられないだろう。
「この間のお見舞いのお礼も兼ねて、応援に行ってきたらどうかしらン」
「成る程……」
口許に指を当て、少し考える。
ジョージもまた、日々の鍛錬で腕や手は酷使している筈だ。
「先生、私にもマッサージを教えてちょうだい」
「うふふ、もちろんよ♡」
はしたないかもしれないが、幼馴染の夢の為に何かしたいのだ。
ローラの心意気を買ったように、モモは人懐っこく笑ってみせたのであった。




