リコという娘
「で、でも! それでもあたしの魔法が少しでも役に立つなら、嬉しいんです」
「そう、なの?」
「はい。 ……あたしが傷を癒すと、みんな喜んでくれますから」
そんな事、考えもしなかった。
使えるから使う、頼まれるから使う、ローラにとってはただそれだけだ。
(……いや、そうじゃない)
昔は、花を咲かすと父や祖父母が褒めてくれる事が純粋に嬉しかった。
幼かったジョージがローラの咲かせた花を見て、目を輝かせながら「綺麗だ」と言われ、もっと魔法の才を磨こうと思ったのだ。
(王妃様に初めてお会いしたとき、とても褒めてくださっていたな……)
薔薇をこよなく愛する王妃は、『花を咲かせる魔法』を使えるローラをいたく気に入り、悪評が立っても庇い続けてくれている。
それだけ、ローラの魔法を高く買ってくれているのだ。
けれど、そんな『優しい』王妃でも、当たり前のようにローラの魔法を気軽に使わせるようになった。
「良い気にならないほうがいいわ」
「え……?」
「貴女の優しさにつけ込む者が、必ず出てきます」
リコは優しい少女だ、初めて彼女と面と向かって話をしたローラでもそう感じる。
彼女の魔法を表すかのように彼女は清廉であるが、とりわけこの貴族社会はそんな善意こそ真っ先に食い潰されてしまう。
彼女の魔法も『使えて当たり前』『癒せて当たり前』と言われる日が、来るのかもしれない。
「だから、お気を付けになって」
ローラの、精一杯の忠告であった。
榛色の瞳は、真っ直ぐにローラを見つめて……そしてひっそりと細められる。
「ブロッサム伯爵令嬢は、お優しいのですね」
「そう、かしら……?」
「はい、そんなこと言われたの初めてです。 ありがとうございます、ブロッサム伯爵令嬢」
素直に礼を言われれば、逆に居心地が悪い。
生暖かい顔でニヤニヤと見守っているモモを一睨みし、頬が少し熱いことを恥ずかしく思いながらローラは言葉を続ける。
「気に入らないなら、忘れてもらって結構です」
「そ、そんなこと……でも、あたしは大丈夫です」
初夏の昼下がりによく似合う温かな風が乙女達の頬を撫でていく。
「癒しの魔法が使えるようになって、あたしのお父ちゃん……あ、お父様のお仕事が潤ったし、弟や妹も美味しいものが食べられるようになったんです」
そして、少しの迷いの後にリコはこう続けた。
「それに、魔法が使えたからオータム様にお会い出来て、沢山助けてもらいました。 こんなによくして貰えて、ちゃんと働かないとバチが当たります」
砂糖菓子のような甘い声、それもまた聖女の本音だろう。
はにかむような微笑みに、ローラは静かに問いかける。
「オータムナル殿下のことを、好いてらっしゃるのね」
リコはほんの少しの間の後、唇を引き結び頷く。
「身分違いな事はよく分かっています。 けど、どうしようもなく好きなんです!」
「……」
リコの想いは純粋だ、真っ直ぐな眼差しと紅潮した頬が純情な乙女の演技なのだとしたら、彼女は聖女よりも女優のほうが向いているに違いない。
けれど、彼女の瞳は真剣そのものだ。
「……王太子に嫁ぐのは、高位な家の令嬢と昔から決まっています。 そのことは理解出来ていますか?」
「……はい、オータム様からお聞きしました」
王太子妃には、昔より伯爵家以上の家の娘が選ばれていた。
男爵の、しかも平民上がりの娘が選ばれることはこの先も絶対に無いだろう。
「王太子妃にはスノードロップ公爵令嬢か、私のどちらかが選ばれるわ」
まあ、自分も選ばれる可能性は低いだろうけれど。
心の中でそう付け加えながらローラは続ける。
「そうなれば貴女の立場は、おのずと軽んじられるものになる……それは判りますね?」
「……はい」
先日、ゲルダがリコに放った言葉は間違ったものではない。
希少な魔法を使えるとはいえ、彼女は男爵令嬢だ。
良くて側妃、普通ならば愛娼に据えられるのが現実的だろう。
「それでも、構いません。 あの方を近くでお支えできるのなら……」
悲痛な表情で、絞り出すような声で目の前の少女が言葉を紡ぐ。
「熱烈ねェ」
吐息交じりのモモの声には同意だ。
ローラには、オータムナル王太子の何が良いのかはさっぱり解らないが、リコにとっては文字通り『運命の王子様』なのだろう。
その情熱は、ほんの少しだけ羨ましく思えた。
「ごめんなさい、オータム様の婚約者の方にこんな……、でもあたし……」
泣きそうになるのは淑女としては失格だが、物語に出てくるヒロインとしては合格だ。
何処か冷めた目でリコを見ながら、ローラの脳裏にどうでも良いことが浮かぶ。
(……となれば、私はさしずめ件の『悪役令嬢』になるのかしら)
とはいえ、オータムナル王太子にこれといった感情は抱いていない。
ローラはゆるゆると首を振り、けして大柄ではない自分でも見下ろせるほどに小柄なリコを見据えた。
「貴族の婚約に恋愛はついて回りません。 それに、私には恋というものがどういうものか分かりませんので」
「そ、そうなんですか」
「ですので、パンプキンス男爵令嬢が王太子殿下の事をどう思っていても私には咎める理由は有りません。 お好きに仲をお深めください」
最も、王太子妃を狙ってきた場合は話は別であるが。
ローラの言葉に、リコの顔が明るくなっていく。
「つまり、応援してくださるのですか……?」
何でそうなるのだろうか。
小首を傾げながら、ローラはリコを見やった。
「……立場上応援は出来ませんが、邪魔はしませんよ」
「あ、ありがとうございます……!」
リコが、ぺこりと頭を下げる。
その拍子か、顔を上げればボロボロと涙があふれているのを見て、ローラは静かにハンカチを差し出した。
「す、すみません。 後ろの方にも以前ハンカチをお借りしたのに、また……」
「良いのよ、あれくらいあげるわよン♡」
「外でみだりに感情を出すのは淑女としてはしたないです、気をつけたほうが良いですよ」
「す、すみません……ズビッ」
ローラの指摘に素直に謝るリコ。
やはり根は素直なのだとローラは静かに観察をしていた。
ブロッサム伯爵家の家紋入りのハンカチで涙を拭いながら、リコが小さく微笑む。
「グスッ……あたしみたいなのにも分け隔てなく接してくれて、ブロッサム伯爵令嬢はお優しいのですね」
「……早く涙をお拭きになって」
それにしても、彼女の涙腺の緩さはもう少し何とかならないだろうか。
チラチラとこちらを見てくるご婦人達の視線が痛い。
(こんなところを見られて噂になったら厄介だわ……)
そんなローラの懸念は、最悪の形で的中する。
「おい……これは、どういうことだ!」




