広場にて、聖女と
翌日、ローラはモモを連れてブロッサム家が寄付をしている孤児院へ訪問に出ていた。
先月に子供たちと植えた向日葵の苗の成長具合を確認したり、女児たちに刺繍のやりかたを教えたりし、穏やかな時間を過ごしたのだ。
昼時を迎える前に孤児院を出たローラは、帰り道に貴族区の中央に位置する広場に寄ったのである。
「やっぱり、元気が無いわね」
この周りには飲食店やご婦人向きの店も多く、休憩も兼ねてガーデンテーブルやベンチで羽休めをする者も多い。
人々の憩いの場となる広場には、四季折々の花が植えられている。
とりわけ国花である薔薇は、一角に薔薇で作った迷宮庭園が有るほど多く植えられていた。
「他の夏の花は元気なのに、妙ね」
貴族達が住まう区域である以上、衛生面や外観の手入れはしっかりと力が入れられている筈だ。
この広場にも庭造りの職人たちや樹木医たちが関わっている筈だが、それでも薔薇の被害に対策が追いついていないのが見て取れる。
枯れてしまった草花は手の施しようがないが、萎れてしまった元気のない花であれば救える。
ローラは片手を薔薇に翳すと人知れず花々に魔力を流す。
みるみるうちに彩りを取り戻して、咲き誇る花々を眺めながら、モモが軽く口笛を吹いた。
「短時間でこの範囲の薔薇に魔法が使えるようになったのね」
「ええ、何度も使っているうちにコツが掴めてきたみたいです」
王妃のお願いで王城の薔薇の無料庭師をしていた時の無茶振りが功を奏したといえばいいのか、魔力を流す量をコントロールする術を見出し始めたのだ。
「魔法は想いの力に呼応する……とも言うわね、種からの開花もスピードや消耗時間も良くなってきてるし、やっぱり伸びしろのある子は見てて楽しいわン♪」
「……でも、これも所詮は気休めにしかならないですから」
元気を取り戻しても、すぐに萎れ枯れてしまうのだからその場しのぎにしかならないのも事実だ。
「大元を何とかしないとダメね」
「それが分かれば苦労はしないのですが……」
薔薇から視線を外したローラが、ふと見知った顔を見つける。
薔薇の植え込みの近くに設置された、休憩用のベンチに腰掛けているのは、リコ・パンプキンス男爵令嬢であった。
「珍しい、一人かしら」
彼女の近くにいつも控えている王太子の姿も無い。
元平民とはいえ、この物騒な時世に護衛も付けずに外歩きは無防備すぎる。
ローラは眉をひそめながらそっとリコへと歩いていく。
「パンプキンス男爵令嬢、ここで何をしているのですか」
普段着であろう、モスグリーンのシンプルなワンピースに身を包んだリコが、榛色の瞳をローラに向ける。
「っ……、ブロッサム伯爵令嬢」
まん丸の大きな瞳が驚きに見開かれた後、リコが立ち上がり辿々しくカーテシーを取る。
「ご、ごきげんよう……今日もいいお天気ですね」
「ごきげんよう。 ここで何をしているのですか、と聞いているのですが」
「ひゅい……ご、ごめんなさい」
努めて淑女らしく振る舞おうとするリコに、ローラは静かに問いを繰り返す。
びくりの肩を震わせた後、怯えた顔で縮こまった子リスのような顔に、見かねたモモがローラに耳打ちをした。
「ローラ、言葉がちょっと足りてなくってよ」
「えっ。 そ、そうかしら……」
聞きたかったことを聞き返しただけなのだが、自分より小柄なリコには威圧的に見えてしまったのだろうか。
コホン、と仕切り直すように咳払いをしローラは言葉を選びながら再びリコに話しかける。
「その……護衛も付けずに一人で居てらっしゃるから、気になってしまっただけなの」
「そ、そうだったんですね」
「物騒になってきたのですから、気をつけたほうが良いですよ」
おどおどとした態度は崩れないが、納得はしたらしい。
リコが、ほんのりと口端を持ち上げる。
「お勤めに、行っておりました」
「お勤め?」
「その……眠り姫病に掛かられたご令嬢に、癒しの魔法を掛けに行っていたのです」
その言葉に合点がゆく。
彼女はこの国でも珍しい回復魔法の使い手だ。
それ故に王命を受けて、眠り姫病に罹患した高位の令嬢の所に癒しの魔法を掛けに行っているのであろう。
「日に日に衰弱していくから、癒しの魔法で生命力を底上げしている……そんな感じかしらン」
「た、多分そうだと思います。 あたしが魔法を掛けると、皆頬が薔薇色に染まって穏やかな顔になるので……」
眠っている肉体は当然栄養も運動も取ることはできない。
それ故に少しずつ身体が衰えていき、最後には痩せ細って亡くなった事例も有るのだという。
リコの魔法は、衰弱死を防ぐための言わば延命措置のようなものだ。
「貴族だけでも結構な人数だもの、大変ね」
「あはは……あたし、まだまだ未熟で数人魔法を掛けただけで疲れちゃうから……」
「……」
悲しそうに笑みを浮かべる彼女に、何となく置かれている状況が分かる。
(多分、貴族が優先されているのね)
流行り病が流行ると、優先的に治療が受けられるのは高位の貴族からだ。
理由は簡単で、『平民よりも貴族の方が価値がある』と判断されるからだ。
犠牲になるのは、いつも平民なのである。
「あたしも、元平民だから心配なのは心配なんですけれど……」
力不足を嘆くリコに、なんて言葉を掛ければ良いのかわからない。
「……それは、魔法の腕を磨くしかないわね」
「……そうですね」
月並みな言葉しか出てこなかったローラに、リコの視線は優しかった。
「それに、いくら魔法を掛けても……気休めにしかならないんです。 あたしの力じゃ、肉体を癒すことしか出来なくて」
「そうね……気持ちは、分かるわ」
脳裏に浮かんだのは、再び咲かせた薔薇の花々だ。
いくら魔力を流し込んでも、再び萎れ枯れてしまう。
リコもローラも、原因が分からないためこうするしか出来ないのだ。
(パンプキンス男爵令嬢も、お辛い立場に居るのね)
男に取り入るのが上手い、平民上がりの靴屋の娘。
『聖女』として持て囃されるその影で、心無い夫人や令嬢からそのように呼ばれていることを、彼女も分かっているだろう。
それでも嫌な顔一つせず、癒しを与える姿に、ローラは正直に感心を覚えた。




