教えることは、教わること
午前中の分の勉学を終え、ローラは庭先のテーブルで三時のアフタヌーンティーの時間をゆったりと過ごしていた。
「蓋を開けてみれば、殆ど王太子妃教育が終わっているのね」
「はい……どちらかと言えば、ものを覚えるのは好きなので」
王太子妃に問われるものは多い。
礼儀作法や淑女としての立ち居振る舞いはもちろんのこと、この国の歴史や語学などの教養の深さも求められる。
「この国の歴史なんかは、逆にアタシが教えられちゃったわ」
「先生は『旅人』ですから、この国のことを知らなくて当然です」
「ローラの説明、わかりやすかったわよ。 全然余裕じゃない」
シーズニアに訪れるまでは教師をしていたというだけ有り、モモも教養は深いが流石にこの国の歴史は新鮮だったようだ。
復習がてらこの国の成り立ちなどをモモに説明しながら、二人で昼過ぎまで本の虫になっていたのである。
「スノードロップ公爵令嬢は既に王太子妃教育のカリキュラムを全て終わらせて、公爵の仕事の手伝いなどをしているそうです」
同じ王太子妃候補であるゲルダは、常にローラの一歩先を行っている。
彼女に比べれば、一歩見劣りする事は否定できない。
「確かに、ローラは人付き合いは苦手ね」
他人と良い関係が築けないのは、外交や周りの調和を受け持つ王妃としては致命的な欠点だろう。
茶会に出席する度、その事を思い知らされる。
「けれど、ローラにはローラの強みがあるわ、そこを生かしていけばいいのよ」
パッチン、とウインクをしながらモモは励ましの言葉を贈る。
キラキラと輝く美しい紫色に染められた瞼を眺めながら、ローラはぽつりと呟いた。
「たとえば、どんなところですか?」
「そぉねえ、沢山あるけど……」
軽く人差し指を唇に添えて考えた素振りを見せたモモが、にっこりと微笑む。
「さっき知ったのは、案外教え方が上手ってことね。 人に教えるにはただ覚えるだけじゃなくて、しっかりと理解していないと上手く伝えられないものよ」
「そう、ですか……?」
「ええ、それに教える事で人との接し方も覚えていけるわ。 頼りにしてるわよ、ローラ先生♪」
頭の春咲花がふわりと花ひらく。
褒められると悪い気はしない、ローラは照れ隠しにサンドイッチを一つ黙々と食した後にこう続けた。
「それでも、この短期間で読み書き出来る先生も、充分凄いと思いますよ」
「あ、これね……なんか分からないんだけど、本や文字はアタシの国の言葉に見えるのよね」
「え、そうなんですか?」
ローラの青い瞳が驚きで見開かれる。
軽食のハムきゅうりサンドイッチを摘みながら、モモが軽く肩を竦めた。
「だから意思疎通は最初から問題なくいけたのよ、もしかしたらこの世界に来たことで何かしらの力が作用してるのかもしれないわね」
「成る程」
「ま、意思疎通が取れなくてもジェスチャーと肉体言語で何とかなるものよ♪」
別の世界からやってくる『旅人』は、生存例が非常に少なく未だ謎の多い存在だ。
そんなレアな人材が、よくまあ伯爵家の令嬢の家庭教師に収まったものである。
「お嬢様、モモちゃーん!」
ぱっと場が華やぐような明るい声が響く。
メイド服に身を包んだアンが、ケーキの乗った皿を両手に乗せて、足取りも軽やかにこちらにやってくる。
「本日のケーキはマーマレードケーキですよ〜」
白砂糖とピスタチオで化粧された、淡いオレンジ色のケーキを三段重ねの一番上に置く。
柑橘系の爽やかな香りが、ふわりと広がった。
「ありがとうアン、美味しそうだわ」
「無理せずしっかり休んでくださいよ? 巷では眠り姫病に倒れたお嬢様がまた出たらしいじゃないですか!」
眠り姫病は収まるどころか、新たな犠牲者を出しながら少しずつ増えているようだ。
平民にも患者はいるようだが、今ではほとんどが貴族の位を持つ若い令嬢ばかりだ。
薔薇の花といい、一体何がこの王都で起こっているのだろうか。
「……ええ、充分気をつけるわ」
心配してくれるアンを安心させるように、一つ頷く。
正面に座るモモの目が、一瞬思案するように揺れた気がした。




