向日葵はまだ咲かず
「そういえば、先程意外な人に会ったと言っていましたね」
モモの手を借りつつ朝の水やりを終えたローラは、思い出したように振り返る。
年季の入った如雨露を片手に後ろを歩んでいたモモが、思い出したように大きく瞬きをした。
「そうそう! ランニングの最中にジョージに会ったのよ」
「ジョージにですか?」
ジョージは故郷であるサーマ領を出て、貴族区内にあるタウンハウスに兄のソーラと共に暮らしている。
ただし、ローラの住まう邸とは少し離れているため、日常に会うことは殆ど無い。
「自主鍛錬でしょうか、彼らしいですね」
「最初は化け物でも見たような顔をしてたけど、なんだかんだで一緒に走ってきたわン。 中々有望ね、彼」
「そうなのですか?」
納屋の定位置に如雨露をしまい込みながら、モモが楽しそうに続ける。
「アタシの走り込みについてこれたンだから、大したものよ」
「どこを走ってきたのですか」
「中央広場を経由して、そこの丘を登ってから帰ってきたわよ。 あの子は途中から参加してきたけど、なかなか負けず嫌いね」
それは、一時間以上走っていることにならないだろうか。
見た目に違わぬ、化け物じみた体力を持つ教育係にローラは眉毛を寄せた。
「先生、いつ起きてるんですか?」
「夜明けよりも早く起きてるわよ☆」
それでいて日付が変わっても起きている事が多いのだというのに、今日も目の前の美丈夫の肌艶は絶好調だ。
「……本当に人間なのですか?」
「やーだ、ローラまで化け物扱いしないでちょうだい!」
モモの手により軽々と組み上げられた井戸水で、手と顔を洗う。
爽やかな冷たさが心地よい。
水滴が溢れる顔周りの銀糸を拭いつつ、思い浮かぶのは先日会った幼馴染の横顔だ。
(元気そうで、良かったわ)
五年前、騎士団へ入団するためにローラを追いかけるように王都にやってきた頃は、頻繁にこの邸にも訪れていた。
土産は決まって塩蜂蜜クッキーか果物で、共に土まみれになりながら鉢の植え替えなどを手伝ってもらったりしたものだ。
(いつから、この庭に来なくなってしまったのかしら)
王太子妃教育が進む頃にはローラの邸を訪れることが無くなり、街ですれ違っても話さなくなってしまった。
王太子妃候補となったローラに不都合が出ないよう、あえて距離を置いている事も、解ってはいた。
(……でも、寂しいわ)
ローラにとって、ジョージはただの幼馴染ではなく、唯一本音を話せる兄弟のような親友のような間柄でもあった。
魔法の使いすぎによる過労で倒れた時も、顔こそ見せなかったが見舞いの品を差入れてくれた、優しい幼馴染。
それがただ、もどかしく感じられたのである。
憂うローラの気持ちを見透かすように、モモの瞳が細められる。
「ジョージ、アナタのことを心配してたわよ。 不用意な事を言って、周りに虐められてないかって」
「……」
ローラの欠点を、ジョージはしっかり把握しているようだ。
思わず表情が消えたローラを見て面白そうに笑いながら、モモは風に靡く髪を抑える。
「近くに住んでるのに、見ているだけなんて変な話よね」
「婚約者がいる令嬢と親密になっても損しか有りません」
きっと、ジョージとの関係はこの先交わらない方が良いのだろう。
庭の日当たりの良い一角に植えてある、草丈の高い向日葵の花は、咲くにはまだ時間が掛かりそうであった。




