想いはミントティーと共に inブロッサム伯爵
ミントのスッキリとした香りがする。
「はぁい……どうぞ、お召し上がりになって♡」
娘の住まう邸の、ラウンジのソファに腰掛けたブロッサム伯爵は、優美な手つきで差し出されたティーカップを受け取る。
「ああ……ありがとう」
対面して座すのは、ローラの十人目の教育係のモモ・エンデだ。
体躯こそは、そこいらの騎士団でも珍しい鍛え上げられた屈強な大男だが、身に纏うのは煌びやかなドレスであり所作も貴婦人そのものだ。
「遅くまで会合なんて、伯爵様も大変ですわねぇ」
「古くからの友人に会うための、ついでのようなものさ」
「オホホ、お茶でも飲んでリラックスしていって下さいな♡」
彼……いや彼女……兎に角、モモ・エンデは自分の分のミントティーをカップに淹れている。
モモとは先程会合を終えて馬車で帰宅したところを出くわした。
日付も変わる頃、ローラはおろか使用人も床につくであろうこの時間に、夜の庭を散策していたのだというモモの誘いについ乗ってしまい今に至るのだ。
「貴族間での駆け引きは、中々面倒ですもんねェ。 上手く均衡を取っておられる伯爵様はご立派ですわ」
「一領主に出来ることは、限られているからな」
「んふ、ローラ様の今後次第では一領主では居られないかもしれませんわよ?」
社交的で愛嬌が有るのは良いことだが、このケバケバしい化粧は何とかならなかったのだろうか。
カップを持ち上げて香りを楽しむ。
ミントの涼しげな香りの中にふわりと香り立つ柑橘の気配を感じる。どうやら檸檬を少し加えているようだ。
「君は、ローラが王太子妃になれると思っているのかね?」
眼前の『旅人』の黒い瞳と目が合う。
肌の色と同じく、この国には殆ど見られない、異国の色を纏ったその目が艷やかに細められる。
「……正直なところ、厳しいかと」
取り繕いそうな所を、この教育係は事も無げに現状を的確に述べる。
「まず競合相手が悪すぎますわ。 スノードロップ公爵令嬢は文武両道で求心力もある、家柄も伝統ある公爵家で申し分も有りません」
脳裏に浮かぶのは、社交界で父親に付き添っていた氷のように美しい娘だ。
ローラと同じく自然系の魔法使いでもあり、王家の覚えは頗る良い。
「まあ王太子殿下本人とは犬猿のようですが、政略結婚に愛がないことなどよく有ることですから」
「……続けたまえ」
ハーブティーを飲みながら、モモ・エンデが言葉を続ける。
「それより気になるのはオスマンサス侯爵家の動きですわね。 パンプキンス男爵家に使いの者が足繁く通っておられるのだとか」
「……養子か」
スノードロップ公爵家と双璧をなす、古い伝統と絶対的な権力を持つのがオスマンサス侯爵家だ。
アフタヌーンティーのスコーンの食べ方一つで古くからいがみ合っている訳だが、現状オスマンサス侯爵家は王太子妃候補になり得そうな娘がいない。
「直にお会いしましたが、オスマンサス侯爵夫人は二代連続で王妃を出すことを諦めてないと思いますわ」
現王妃の実姉であるオスマンサス侯爵夫人は権力志向であり、婿養子であるオスマンサス侯爵も彼女には一切頭が上がらないのだという。
おそらく、オスマンサス侯爵夫人の狙いは王太子から寵愛を一身に受けているリコ・パンプキンス男爵令嬢を養女に貰い受けることだろう。
「そうなったら、ローラの立場は更に揺らぐ……か」
「でしょうね」
そのような泥沼に、娘の身を置くのは非常に身につまされる。
しかし、こちらから辞退しようものなら、王家から何を言われるかも分からないのが現状だ。
「伯爵様は、ローラ様が王太子妃に『向いている』と思っていますの?」
モモの問いに、言葉が詰まる。
ブロッサム伯爵家の今後の繁栄を考えるならば、ローラが王太子妃に……ゆくゆくは王妃になってくれたほうがいいに決まっている。
だが、ブロッサム伯爵はゆるりと頭を振る。
「いや、あの子は素直で優しすぎる」
「アタシも同感ですわ」
花の精霊の血を引くと言われているブロッサム家の者特有の、白銀の髪に青い瞳。
身体の弱かった亡き妻に生き写しの妖精のような美貌と、彼女によく似た内気ながらも心優しい性格。
本当ならば娘の幸せを願い、その道を用意するのが親の役割だろう。
「私は、ローラにずっと無理をさせているな……」
伯爵の疲れ切った顔を眺めながら、モモはクスリと小さく微笑む。
「大丈夫です、伯爵。 だからこそアタシが来たのですわ♡」
自信に満ちた瞳が煌めく。
ぱん、と己の胸を叩き、十人目の教育係は張りのある声でこう告げた。
「ローラお嬢様は笑顔が素敵なチャーミングな淑女にしてみせましょう、ですからけして不幸にはさせませんわよ」
片目を閉じながら小首を傾げるモモが、まるで陽光のように思えた。
伯爵は静かに破顔し、小さく頷いた。
「では引き続き、愛娘のことは頼んだぞ」
「任せてちょーだい!」
ソファから立ち上がり、伯爵はガラス窓へとゆっくり歩んでいく。
ラウンジからは、ローラが作り上げた庭がよく見える。
「……美しいな、ミンティー」
月明かりの下、香るように花ひらく白い花を眺めながら、ブロッサム伯爵は静かな声で亡き妻に語りかけたのであった。
うっふ〜ん♡
次からは3章『ハニー・ケアクリームと幼馴染の絆』をお送りするわよぉ〜♡
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ん〜〜まっ♡♡♡




