『風花令嬢』の夢
そして今日も、日が昇る。
ローラの朝は早い。
モモから貰った『ジャージ』なる上下に身を包み、髪は邪魔にならないよう三つ編みに編んだローラは祖父からのプレゼントである麦わら帽子を片手に庭へと出る。
夏といえども早朝の空気はひんやりと涼しい。
(この時間が、ある意味至福ね)
父が王都を発って数日が経った。
見送りの朝は庭の世話もそこそこにメアリーによって着飾られ、朝から非常に疲れたことを覚えている。
今のローラの姿は令嬢らしからぬ姿であるが、庭の世話や土いじりにはレースもリボンも不要なのだ。
(この姿のほうが、むしろ落ち着くのは何でかしら)
父がいる手前、数日前までは封印していたが一度着用すると中々動きやすくゆったりと着られるのは好感がもてた。
(ドレスは着られている感じがして、あまり華美なものは苦手だものね)
庭の裏手に作られた井戸には、何時ものように先客がいる。
毛先を鮮やかな焔のように染めた黒髪をポニーテールに結い上げたモモが、井戸水を組み身体の汗を拭い清めていた。
「おはようございます、先生」
いつもはケバケバしいまでの厚化粧であるモモだが、早朝のランニングとトレーニングの時だけは化粧をしていないようだ。
化粧のない素顔はやはり精悍で、異国めいた顔立ちが妖艶な美男子だ。
「おはようローラ、よく眠れた?」
「はい、朝までぐっすりです」
自作のポプリは、使えるまであと少し時間が掛かる。
そのため、眠れる夜の香りのお供は相変わらずモモから貰った香袋である。
「それは良かったわね」
「先生も眠れる時は早く寝たほうがいいですよ」
「いい女には一人の時間も大切なのよ」
ローラが寝た後、モモがメアリーとお酒を飲みながら語らったり夜の街に繰り出して遊んでいることは知っていた。
なんなら、父の滞在中に彼と深夜にティータイムなんかもしたのだそうだ。
「私が言うのもなんだけど、ちゃんと寝てますか?」
「あら心配してくれるの? アタシ、ショートスリーパーだから大丈夫よ♡」
「何ですかショートスリーパーって」
「身体が頑丈ってコト♡」
この邸の誰よりも遅くまで起き、朝は誰よりも早く起きてくる、それがモモだ。
そのパワフルさは真似しようにも中々出来るものではない。
「そういえば、さっき意外なヒトと出会ったわよ」
「そうなんですか」
「うふふ、何とねえ……」
メイクをしていなくても艷やかな唇が持ち上げられると同時に、二人の頭上に影が落ちる。
「……っ!」
反射的にモモがローラを庇うように前へと出る。
しかし、ローラは『それ』が何かを分かっており、穏やかに手を伸ばした。
「大丈夫よ先生、『伝達魔法』だわ」
「……やだァ、アタシとしたことが」
『伝達魔法』は『転移魔法』と同じく基礎的な魔法の一つだ。
短いメッセージを魔法に込めて、飛ばす……それだけである。
単純ではあるが、距離の他にも術者が一度行ったことのある場所でないと使用できないなど制限も多い。
「この魔力は、お父様のものだわ」
舞い降りてきたのは、魔力を鳥によく似た形に変えたものであった。
差し出したローラの指に、ふわりと優雅に止まったそれは嘴を開き、託されたメッセージを告げる。
――ローラさん。
それは、父の声ではない。
ブロッサム本邸で療養中の、義母のものであった。
「お義母様……!?」
驚きに目を見開きつつも、次の言葉を待つ。
優しげな貴婦人の声が、言葉を続けた。
――お手紙と、素敵な贈り物をありがとう。 気にかけてもらえて、とても嬉しいわ。
ほろほろと、尾羽のような部位がほどけて魔力の粒子となっていく。
魔法で作られた伝達鳥は軽く小首を傾げながら最後の言葉を告げた。
――是非、産まれたら会いに来てね。 母娘としてお話が出来る日を楽しみにしています。
「貴女に幸せが訪れますように」という声とともに、父の魔力が粒子となって風に溶けていく。
空を見上げたローラの、頭の春咲花が喜びを表すように幾つもの小花を咲かせた。
「……お義母様が、私の事を娘と呼んでくださったわ」
「ええ、アナタの真心が奥様に届いたのよ」
胸の中が、喜びで溢れていく。
人と関わることが、分かってもらえる事がこんなに嬉しいだなんて初めて思えた。
「……先生、私……仲直りがしたいです」
溢れた言葉は、孤独な令嬢の抱えていた野望であった。
「仲直り?」
「私、本当はスノードロップ公爵令嬢やパンプキンス男爵令嬢とも仲良くしたかったんです。 それに、ジョージとも出来るなら昔のように笑い合いたいわ」
幼稚で、矮小な望みに思えるだろう。
しかし、ローラにとっては大きな野望であり願いであった。
それでも、向かい合ったモモは真面目な顔で聞いてくれる。
「それで……私の庭に遊びに来てほしいんです。 こんなに素敵な庭なのに、見てくれるお客様が来ないなんて勿体ないから」
振り返れば、そこには六年の月日をかけて作り上げた、美しい光景が朝日を浴びて広がっている
ローラの好きなものを詰めた、ローラのための楽園だ。
「……なるほど、それもまた『夢』ね。
いいじゃない、アナタの夢、叶えましょうよ!」
モモが、力強く頷く。
この不思議な異世界からの教育係となら、叶えられる気がした。
「ご教授、よろしくお願いします」
心地よい朝の風が吹く中、ローラは清々しい気持ちで握手を交わしたのであった。




