いざ、ポプリ作り
邸に戻ったローラは、卵のスープとアンの婚家から買い求めた夏野菜のキッシュを昼食として摂った後、ポプリ作りに励んでいた。
「とてもいい香り、メアリーは本当に精油を作るのが上手ね」
「お嬢様に付き合っておりましたら、いつの間にか腕を上げておりましたわ」
「ありがとうメアリー、それにアン。 後は私と先生でするわ」
「それではお嬢様、頑張ってくださいね!」
ポプリに使う花や実を剪定し、本来なら使用人が寝泊まりに使う空き部屋のテーブルにそれらを広げたローラは、メアリーが作ってくれた精油の入った遮光瓶を軽く煽り、香りを楽しむ。
腰を軽く叩きながらもまんざらでもない顔で精油をローラに託したメアリーは、アンを伴い本来の仕事に戻っていった。
「さてと……」
今回使うのは薔薇やラズベリー、千日紅だ。
赤や桃色に、白が差し色になる仕上がりになるだろう。
「オリスルートも常備してあるのね」
「去年咲いていたものを使ってメアリーと作ったのよ」
実はポプリは何度か作った事がある。
そのため、作り方は分かっているのだが……。
「問題は、乾燥作業ね」
「本来ならドライフラワーにするのに時間がかかるわよね」
勿論何も策が無いわけではない。
ローラは、鮮やかな赤の千日紅を三つほど摘み上げて掌に乗せる。
ころりと転がるそれは、丸いフォルムで可愛らしい。
「ごめんね」
一言そう呟き、ローラはもう片方の手を掌に翳し、目を閉じる。
いつもとは逆に、植物の生命を少しだけ貰うような……そんなイメージを思い浮かべながら魔力を流し込む。
「水分が……飛んだ?」
「ええ、『花を咲かせる魔法』の応用で水分を飛ばしたり枯らせたりも一応は出来るのよ」
勿論、イメージ的には『花を咲かせる魔法』の方が心象は良いためこういう使い方を他人の前でするのは、モモが初めてだ。
「ただ、水分だけを飛ばそうとすると集中力と魔力の消費が凄くて……」
それに、花々の生命を我儘に奪っているという罪悪感も凄い。
カラカラに渇いた千日紅をテーブルにそっと置くローラを見ていたモモが、軽く頷く。
「ナルホドねぇ、こりゃアタシも手伝うべきだわ」
少し考えるような素振りを見せた後、モモはテーブルの上の艷やかな薔薇の花を一輪持ち上げる。
一瞬、モモの周りの空気が揺らめいて見える。
その瞬間、その大きな手が橙色の焔に包まれた。
「……!?」
今度はローラが驚く番であった。
揺らめく炎はモモの手を包み込み、まるで生きているかのようだ。
掌の上では薔薇の花がフワフワと舞いあがり、浮遊している。
「これは、一体どういう……?」
「熱で少しずつ水分を飛ばしていってるの。 こういう使い方は初めてだけれど――何とかなりそうね」
熱に煽られながら、くるくると花が舞う。
焔の明かりに照らされたモモの瞳が、赤く染まって見える。
燃えることも、焦げ目すら付かずに水分だけが抜けたそれを机の上に置き、モモは穏やかに微笑んだ。
「これならアタシも手伝えるわ、手分けしてやっちゃいましょう」
「助かります、私一人だと失敗するかもしれなかったです」
「こんなに沢山お花が有るんだもの、少しくらい失敗しても大丈夫よ」
パチン、と片目を閉じるモモの愛嬌の有る口調に頼もしさを感じつつ、ローラは再び生花に手を伸ばすのであった。
◆◆◆
魔法を使って二人がかりでドライフラワーを作り、細かい作業を終えたのは日が傾き始めた頃であった。
ローラはもちろん、モモもさすがに細かい作業の連続で疲弊しているようだ。椅子の背もたれに身を預け、眉間を揉んでいる。
「はあ〜さすがに疲れたわァ」
「お疲れ様です」
テーブルの上には、アンティークな色味の赤とピンクと白の花びら達が詰め込まれたガラス瓶が、三本並んでいる。
「おかげで綺麗なポプリが作れました、あとは熟成させるだけですね」
「さすがにこればっかりは魔法ではどうにもならないものね、お父様に事情を説明しておきましょ」
花も精油も、ローラが丹精込めて育てた花やハーブを使ったものだ。
それが少しでも義母の心を癒すよう、願いを込めて作ったのである。
「お義母様、喜んでくれるかしら」
「そりゃあ、こんな妖精みたいな可愛い娘が作ってくれたんだもの、嬉しくないわけ無いじゃない」
「……これを機に、少しでも仲良くなれたらいいのだけれど」
義母の事は、嫌いではない。
亡き母のことを思い続けていた父が、再婚相手として選んだ女性だ、勿論複雑な気持ちはあるが友好的に付き合っていきたいのだ。
「そうね、このポプリは貴女の勇気を後押ししてくれるわ。 けれど、しっかり貴女の気持ちも一緒に伝えるのよ」
「……また、不快な気持ちにさせてしまったら」
「怖いわよね、気持ちは分かるわ。 気取らずに、ただ真っ直ぐに貴女の気持ちを伝えたらいいのよ」
ローラの不安な気持ちに寄り添うように、モモが頷く。
教え子を見守る瞳は柔らかで、優しいものだ。
「せっかくこんなに心配してくれる義娘がいるのに、それを知らないなんて勿体ないしお義母様も可哀想だわ」
「……」
「変わりたいと思った気持ちを、大切にしてね」
胸の前で組んでいた手の力を、そっと込める。
意を決したように頷いたローラに、モモは晴れやかな笑みを向けた。
「まずは片付けをしてご飯を食べましょ。 お腹空いてたら何もできないわ♡」
「そうですね、今日は沢山食べれる気がします」
「あら、いいじゃない。 メアリーも喜ぶわよ」
窓の外で、間引かれて少しすっきりとしたラベンダーがそよそよと風に揺れていた。




