お返しは、ポプリに決めた
モモの部屋から自室に戻ったローラは、寝間着に着替えて魔道具の照明を消し、ベッドへと身を預ける。
(お義母様へのお返しは、何にしようかしら)
父は明後日の朝には領地に戻る。
その時に義母へ贈り物と一緒に手紙を託させてもらう算段だ。
明日は幸いにも予定は入っていない、モモに付き合ってもらって、王都にある市場などを周るつもりである。
(私、お義母様の好きなものってあまり知らないのよね)
義母は大分お腹が大きくなっており、秋の終わりには出産が控えているのだという。
しかし、既に終わっているはずのつわりが、今も続いているらしく伏せっていることが多いのだそうだ。
(甘い香りがお好き……というのは昔聞いたことが有るわね、それくらいかしら)
ベッドに寝転びながら、朧気な姿の義母を思い浮かべる。
この国では珍しくない茶色の髪と瞳の女性だ、ほんの少しだけリコに似ているような気がする……それだけだ。
ふと、サイドテーブルに置かれた義母の贈り物のリボンが入った箱に視線を移す。
義母からの贈り物は、ローラの好みではなかったが『気難しい娘』のことを精一杯考えたものだということが分かる。
本当に、よく出来た人だと思う。
(何がいいかしら……)
ハンカチにブローチ、王都で流行りの焼き菓子あたりが妥当だろうか。
流行り物は逆に持っているかもしれない、父も義母への土産を買うだろうから、被らないように考えなければいけない。
(……いい香り)
枕に顔を埋めると、ふわりと甘い香りがする。
枕元にはモモから貰った香袋が置いてあり、ローラの安眠の手助けとなっていた。
貰った時よりも少し香りは薄らいだが、むしろそのほうがローラは好ましく思えた。
心地良い香りに身を預け、ローラは目を閉じる。
(とてもリラックスできる香りだわ……)
ふわふわと身体から力が抜ける。
優しい香りに誘われ、ゆっくりと意識が沈んでいく――。
「――はっ!」
閉じられていた大きな瞳が、突然見開かれる。
むくりと起き上がったローラが、香袋へと目を向ける。
「そうだ……その手があったわ」
こうしていられない、とベッドから飛び出したローラはふわふわのスリッパを履くと、室内に備えられた本棚へと駆け寄る。
薄暗い室内を照らすために魔道具に魔力を流し明かりを付ければ、本棚から一冊の本を抜き出した。
「これよ……これがいいわ」
ぽつり、とローラの可憐な唇から言葉が溢れる。
近くにあるチェアに腰掛け、ローラは魔道具の明かりを頼りに、読書に没頭するのであった。
◆◆◆
早朝の庭には、先客が居た。
「おはようございます、先生」
「おはようローラ……あら、夜更かしした?」
「まあ、ちょっとだけ」
「ンもう、目の下にクマさんが住んでるじゃない」
モモは、早朝の日課として邸の周りを走り込み、庭の片隅で何やらトレーニングをしているようだ。
どうやら既に日課は終えたようで、『ジャージ』の胸元を開け、手拭いで噴き出す汗を拭っていた。
「今日はジャージ着てないの」
「父が居るので」
「あらそう、お嬢様も大変ね」
他愛もない会話の後、ローラはそっとモモに本を差し出す。
「これは?」
「花やハーブの加工の本です。 ドライフラワーや、ハーブティーの作り方なんかが載ってます」
ペラペラとページを巡ったローラが、とあるページを指す。
「その、色々考えたのですが……。 庭で採れた花とハーブで、ポプリを作ってお送りしようと思うのです」
庭には、薔薇や千日紅が咲いているし、ラベンダーは今が旬のハーブだ。
精油はメアリーと何度かラベンダーやローズマリーで作った事が有るし、最悪市場に売っているものを使えば良いだろう。
「お手伝い願えますか……先生」
自分の意志を伝えることが、お願いをすることが勇気の居ることなのをこの時ローラは初めて知った。
それでも、モモが断ることはないこともローラは解っていた。
目の前の艷やかな唇が、クッと持ち上がる。
「ええ、任せてちょうだいな」
◆◆◆
庭先で元気いっぱいに育っていたラベンダーをモモと収穫し、いつもよりも多めに朝食を摂ったローラは馬車に揺られて屋敷を後にした。
「メアリーも計画に参加してくれて助かったわねェ」
「ええ、メアリーは精油の抽出が私よりも上手だから任せておきましょう」
精油作りのために収穫した大量のラベンダーを二つ返事で引き取ってくれたメアリーは、いつもよりも嬉しそうな顔をしていた気がする。
「今日は荷物持ち、頼むわね」
「はーい、このアンにお任せあれ!」
「重たいものはアタシに任せてちょうだいね♪」
「やだ、モモ様優しい〜!」
馬車にはローラとモモ以外にもう一人、質素なワンピース姿の娘も同乗している。
メアリーの姪にあたる彼女は、去年からローラの邸で働いている通いのメイドだ。
そして、王都内にあるパン屋の息子と恋愛結婚をした新婚さんでもある。
「今日のクロワッサンも美味しかったと、ご主人に伝えて下さる?」
「勿論です、旦那様もお嬢様に褒められたらやる気出しますよ!」
明るく返事をする彼女は、貴族籍を抜けた今でも、パワフルでとても幸せそうだ。
「ローラ、今日は雑貨店に行くのよね?」
オレンジと白のドレスに身を包み、同色のミニハットを被ったモモが本日の予定を確認してくる。
小さく頷き、ローラは唇を開く。
「ええ、ガラスか陶器の容器と、スイートオレンジかマンダリンの精油が欲しいの」
「奥さまが好きなヴァニラの香りと迷っていたわね、柑橘系にするの?」
「つわりが酷くいらっしゃるから、柑橘系の方が良さそうだと思って……」
「ナルホドねぇ」
精油についても一通り調べてきた。
妊娠中には避けたほうがいい精油は除外した結果、庭に植えているラベンダーの他に、柑橘系の香りを混ぜて調香することにしたのだ。
「あとはイチゴの種が有ったらドライフルーツを作れるかもしれないわ」
「お嬢様の魔法なら、夏にも美味しいイチゴが食べられますもんね!」
「上手く出来るかは分からないわよ」
義母は甘い香りや、フルーティーな食べ物を好むと父から聞き出せた。
つわりで食も細くなっているようだが、好きなフルーツなら食べられるかもしれない。
魔力は大量に使うが、種からでも花を咲かすことは出来る。
上手くいけばドライストロベリーに出来るかもしれない。
「庭にラズベリーもなっているし、ドライフルーツにしたら日持ちもして食べやすいかもしれないわね」
「つわりの方にドライフルーツってどうなんでしょうか?」
「アタシの友達で、妊娠中つわりが酷くてもドライフルーツだけは食べられるって、おやつに食べてたコ居たわよ」
異世界でも妊婦は大変そうだ。
「あとは、あたりめとかフライドポテト食べてたコも居たわね」
「アタリメって何です?」
「イカの干したやつよ、こっちでは食べないの?」
モモの交友関係の広さに感心しつつ、ローラは異世界の食べ物談義に花を咲かせる二人から、窓の外へと視線を移す。
店も開き、行き交う人々で街は賑わっている。
からりと晴れた夏空だ、出掛けるには少し暑いくらいかもしれない。
「お嬢様、お買い物が終わったら甘いものも買って帰りましょう!」
「あら、いいわねえ。 どこかカフェテリアでかるーくお茶するのもオシャレじゃなァい?」
賑やかな話し声をBGMに、馬車は軽快に石畳の街並みを駆け抜けていった。




