伝えないと、伝わらない
「ナルホドねぇ」
父を交えた気まずい夕食の後、ローラはモモの使っている客室を訪れていた。
メアリーに準備をさせた、カモミールのハーブティーを二人で飲みながら、話すのは勿論応接間での父との話だ。
「私、もしかしてお父様を悲しませるような事を言ってしまったかしら……」
父は現在、王都に住まう旧友が開いてくれたパーティーに出席している。
ローラも誘われたのだが、気分がすぐれないと辞退した。
娘の性格も分かっているのだろう、父は一人馬車に乗って会場へと向かったのだ。
「そうねェ……ローラは、どうしてお父様にそうお返事したのかしら?」
「……その、お義母様に余計なストレスを掛けたくなくて」
「そうね、お義母様の事を心配してたのよね、ローラは」
こくり、とローラが頷くのを見ながらモモはほんの少し呆れたように片目を細めた。
「どうしてそのように言わないのよ?」
「だって、そのまま気持ちを伝えたらはしたないもの……だから簡潔に伝えようとしていたのよ」
「ローラの言うことも分かるけれど、それで勘違いされていたら世話ないわよ」
「うう……」
モモの言うことも尤もだ。
ローラは気まずそうに目を伏せながら、もごもごと呟く。
「だって……お義母様に何かあったら嫌だったもの」
「ローラ……」
「お母様みたいになられたらって思ったら……」
ローラの声が、明らかに沈む。
モモがハーブティーを一口飲んだ後、穏やかな声音で語りかける。
「アナタのお母様の事は、ブロッサム前伯爵から聞いているわ。 お母様も、それに妹さんも残念だったわね」
ローラの母は、元々身体が強くなかった。
ローラを産んで無事だったのも、奇跡だった。
しかしこの国では女は爵位は継げない、娘しかいないブロッサム家には男の子が必要だった。
そのため、母は自らを溺愛していた父の反対を押して二人目を懐妊し、そして出産の際に子供と共に力尽きてしまったのである。
「……」
ローラは五つであったが、母と産まれるはずであった妹の死は衝撃的であった。
「前任の教育係の件も、何かあったらいけないと思って行動したのね」
「……ええ、その通りよ」
結果、噂に尾鰭がついて『教育係を九人も辞めさせた気難しい令嬢』というレッテルが貼られてしまったが、それでもローラは満足であった。
「あのね、ローラ。 アナタのその考えはとても素敵だと思う、だけどとっても勿体ないわ」
「勿体ないですか?」
「ええ、勿体ないわ。 だって相手に伝わってないのだもの」
ゆったりとしたドレスに身を包み、足を組んでティーカップを片手にくつろぐモモの姿は何故か様になっている。
「例えば、ブロッサム伯爵夫人が貴女の言葉『だけ』をブロッサム伯爵から聞いたらどう思うかしら」
「それは……」
もしかしたら、義母は『娘からは世継ぎを産むための存在にしか思われていない』と傷ついてしまうかもしれない。
「私、そんなつもりじゃ……」
そう思い至れば、ざっと頭の血の気が引いた。
「言葉って、難しいのよ。 飾りすぎても伝わりづらくなるし、簡潔でも曲解して受け取られる事も有るわ」
思い返せば、あまり宜しくない記憶が掘り起こされる。
以前も『よかれと思って』似たようなことをしてしまったかもしれないと思うと頭を抱えたくなった。
「……私、もしかしたら既にお義母様にしてしまっていたかもしれないわ」
「あちゃまー」
少し呆れたように唇に手を当てるモモを見ながら、ローラは痛み始めた眉間を軽く指先で揉む。
これでは義母が自分を避けるのは当たり前ではないか、義母への申し訳なさが募る。
まさに、穴が有れば入りたいとはこのことだ。
「まあまあ、やっちゃった事は仕方ないわ。
……それで、ローラはどうしたいの?」
「私は……今、とってもお義母様に謝りたいわ」
「うん、そうね。 でも、それ以上に大事なことが有るんじゃないかしら?」
こてんと首を傾げて問いかけるモモの黒い瞳をじっと見つめる。
思い返せば、義母は言葉や手紙こそ交わさないが、ローラの誕生日などの節目には必ず贈り物をしてくれていた。
父を介して礼は伝えてもらっていたが、彼女に面と向かって礼を言ったことは一度も無かった。
「お義母様に、お礼とお返しがしたいわ。 お話は出来ないけど、きちんとお手紙を書いてしっかりと私の気持ちを伝えたい」
そして出来れば、少しでも親子としての関係の修復をしたい。
ローラの青い瞳に決意の光が宿る。
「良いじゃない、やりましょうよ!」
モモは茶目っ気たっぷりに微笑み、頷いた。




