不誠実な婚約者と『聖女』
「やはりリコには明るい色が似合う」
「オータム様、お気持ちはうれしいのですがこんなにアクセサリーを頂いてしまって良いのですか?」
「当たり前だ、そのうち新しいドレスも家に送らせる。 リコは愛らしいのだから、もっと鮮やかな色のドレスも着るべきだ」
「あ、ありがとうございます……」
噴水の前には、王太子とリコが楽しげに話をしていた。
登城する前には姿を見なかったのは、王太子が彼女を迎えに行っていたからであろうか。
先日とは違うデザインの、ココアブラウンのシンプルなドレスを着たリコの首には、シルクのリボンと繊細な金細工が揺れるチョーカーが飾られていた。
「む……?」
オータムナル王太子と目が合ってしまった。
あからさまにバツの悪そうな、嫌そうな顔をする王太子にローラは小さく溜息をついて彼らの前へとしずしずと進み出た。
「ごきげんよう、オータムナル王太子……それにパンプキンス男爵令嬢」
形式だけの挨拶だが、それでもカーテシーにはそつがない。
ちなみにローラが着ているドレスやアクセサリーは父や祖父が買ってくれたもので、ここ最近は王太子から花一つ貰ったこともなかった。
「ローラ、屋敷で伏せていたのではないのか」
「お陰様で随分良くなりました」
「フン! 日頃の行いが悪いからこうなるのだ。 普段から怠けていたのだろう、これに懲りたらもう少し謙虚さを学ぶことだな」
腕を組み、ローラを睨めつけるように見下ろすオータム王子の顔に、病み上がりの婚約者を気遣う素振りは一切無い。
青い瞳を細め、ローラは静かに小首を傾げる。
「謙虚さ……とは?」
「噂に聞いているぞ、女官をいびり教育係を無理矢理辞めさせ、他の令嬢といがみ合い、この間も母上にとりなしてもらったそうでないか!」
「王妃様にご迷惑をお掛けしたのは事実ですが、他は身に覚えが有りません」
「社交界での悪評が真実だ。 私の耳にも噂が届いている時点で恥じるべきだろう!」
多分、先日の王妃主催のお茶会も既に面白可笑しく尾鰭がついて噂が出回ってるのであろう。
ローラがしたことは虫を追い払ったことと、食い付いてきた令嬢をたしなめただけだ。
「私も至らないところは有ったと思いますが、噂を鵜呑みにされるのは危険かと」
一方的なものの見方しかしていないオータム王太子を、ローラはただ静かに見据える。
「お前は本当に口の利き方がなっていないな。 全く、少しはリコを見習うべきだ」
「パンプキンス男爵令嬢を、ですか」
「彼女は謙虚で奥ゆかしく、心優しい女性だ。 その清らかさが有るからこそ癒しの魔法の使い手なのだろう!」
「……」
思わず背後のモモと顔を見合わせた後、オータムナル王太子の横でモジモジと身を縮こませているリコへと視線を戻す。
けして大柄ではないローラよりもさらに小柄で、全体的に『薄い』印象のあるリコは、守ってあげたくなるような令嬢だと思う。
ただ、それだけだ。
使う魔法の系統も、生まれも育ちも、これからどう生きていくのかも、何もかもが違うローラにとって彼女は参考にする箇所は見当たらない。
故に。
「私は彼女とは違います」
静かに一言、そう告げる。
「……なんだ、その傲慢な言い草は」
「言葉の通りです、残念ながら男爵令嬢から学ぶことは無いかと」
ちらりとリコを見やれば、びくりと怯えた表情でこちらを見てくる。
(別に、取って食う訳でもないのにそんなに怖がらなくても)
眉を顰めるローラに、険しい顔をしたオータムナル王太子ががなり立てる。
「お前はまたそうやってリコを怯えさせて、この冷血女が!」
「そのように教えを受けておりますので。 それこそすぐに感情的になるほうが淑女としては致命的だと思いますよ」
口許に指先を添えつつアルカイックスマイルを貫けば、王太子は苦虫を噛み潰したような顔をした後、意地の悪い笑みを浮かべた。
「フン! お前のような女を、巷では何と呼ぶか知っているか? 『悪役令嬢』と呼ぶらしいぞ」
平民や貴族の令嬢の間で流行っている恋愛小説に、そのような敵役が出てくるものが幾つかあったような気がする。
「お芝居でも見られたのですか?」
「ああ、リコから話を聞いてな。 観劇のためのドレスやアクセサリーも全て私が揃えてやった」
「そうですか」
「リコは元平民でドレスやアクセサリーはあまり持っていないようだからな。 『友人』を支援するのは当然の義務だろう」
ふんぞり返るオータムナル王太子を、ローラは冷めた目で見やる。
病み上がりの婚約者に手紙一枚もよこさず『友人』と称する異性に貢ぎ物をしていた訳だ、大した義務である。
「なんだ、羨ましいのか? お前と行っても辛気臭くて気が滅入るだけだろう」
「興味ありませんので結構です」
平民あるいは平民あがりの身分の低い令嬢が、敵役である傲慢で冷酷な令嬢の妨害を乗り越え王子との恋を成就させる……なんて現実ではありえなさそうな夢物語だ。
さしたる興味もない。
「お前のような傲慢でトラブルばかり起こす女など願い下げだ!」
「どうぞご自由に、私も殿下の交友関係に口を出す気はありませんので」
「……っ、お前なぞ、血と魔法の珍しさが無ければ王太子妃に選ばれることなんて無いのだからな、この冷血女が!」
リコが隣で申し訳なさそうな顔をしているが、止める素振りはない。
ここで下手に口を出せば火に油を注ぐのは明白だろう、黙っておくべきだとローラも思う。
後ろでニコニコしている教育係の表情も不穏だ、これ以上王太子に言わせていたら何かしら言い返しそうである。
「……それでは、ごきげんよう」
早々に立ち去るべきだと判断したローラは静かにカーテシーを取った後、モモを伴い二人の横をすり抜けていったのであった。




