『眠り姫』と薔薇
ニ日ぶりに訪れた王宮は、眠り姫病の話でもちきりだ。
「彼女、今日も目覚めなかったらしいわ」
「子爵の三女だったわよね、彼女。 平民だけでなく貴族にも被害が出始めて怖いわね……」
すれ違う女官たちの、他愛ないお喋りからモモが言っていた眠り姫病が城内でも出たというのは真実のようである。
そして、ローラが先日庭園を案内してくれたあの年若い女官の姿が無い事が、誰がその恐ろしい病に倒れたのかを物語っていた。
「あら、ブロッサム伯爵令嬢だわ」
「倒れられたとお聞きしたのだけれど、眠り姫病ではなかったのね」
「正直、あの方が倒れられても驚きませんわね……悪行が多すぎますもの」
「そんな不謹慎な事を言ってはいけませんよ、『風花令嬢』も大変なのでしょうから……」
「王妃様に言われて花を咲かせてる程度でしょう? スノードロップ公爵令嬢も苛烈だけれど、あの方は眠り姫病に掛かっても自業自得ではないかしら」
そんな噂話を小鳥のさえずりのごとく聞き流し、ローラは颯爽と庭園を散策する。
「王妃様にご納得していただけて良かったわ」
「ローラがお気に入りなのは分かるけれど、あれはちょっといただけなかったわね」
対面叶った王妃に約束を先延ばしにした事への謝罪をしたローラは、今後は事あるごとに呼び出されるのは今後のスケジュールに差し支えが出る事を告げた。
王妃は残念がっていたが、モモの援護もあり最終的に納得はしてくれた。
その後三人で少しだけお茶を楽しんだ後に応接室を後にしたのである。
「あれじゃあ本当にローラが眠り姫になってしまうわよ」
「私もお花は好きだから、同じガーデニングを楽しむ者のとしては相談に乗って差し上げたいのだけれどね」
あのままでは、ローラは都合の良い無償の庭師になっていただろう。
最近では王妃の仲の良い、王都住まいの貴族の家まで出張に出されていたのだ、使い潰される前に説得が出来て良かった。
「王妃様はお優しい方だからね、良かったわァ」
「ええ、本当に」
これが、王妃の姉であるオスマンサス侯爵夫人であったら一筋縄ではいかなかった筈だ。
庭園の夏の花々は今日も美しく咲き乱れ、甘い香りを漂わせている。
なかでも薔薇は国花にされているだけあり、様々な色のものが整然と植えられ中々の光景だ。
しかし、そのどれも少し元気が無いように思える。
「王都内の薔薇だけが枯れるだなんて奇妙な話ね」
「そこが、気になるのです」
掬い上げた紅薔薇の一つは、力なく花弁を散らす。
最近は、王城の薔薇が多く被害に遭っているような気がする。
病気の特徴も害虫もおらず、王宮付きの庭師にも話を聞いたが定期的に薬剤の散布もしているらしい。
「薔薇には邪なものを払う力が有ると言われているわ、特に真紅の薔薇はその力が強いみたいね」
「……薔薇にも、微弱な魔力が含有されているというのは聞いたことがありますね」
どうやらモモの世界に、薔薇はそういう扱いのようだ。
「アタシの世界だと吸血鬼や夢魔が血や生気の代わりに薔薇の生気を啜る……なんていう話もあったりするわ」
「そうなんですか、耽美ですね」
「薔薇って綺麗だものね、アタシも大好きよォ♡」
「先生も啜るんですか?」
なんとなく、生命力迸るモモなら出来そうな気がした。
「啜らないわよォ!? 人をバケモンみたいに言わないでちょうだい!」
「先生なら出来そうな気もしますね」
「んまァ、失礼しちゃうわね! いくらアタシが吸血鬼のように耽美だからってもぅ」
いや、そうは言っていないが。
腕を身体の前で交差させながら大仰に身をくねらせるモモを華麗にスルーしつつ、ローラは眩しい日差しにほうと溜息をついた。
確かに薔薇は強い日差しに弱い。しかしこの弱り方は少し不自然にも思える。
(誰かが、魔法を使って薔薇の生気を吸い上げてる……?)
ならば、何のために?
考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだ。
気付けば、広い庭園をくるりと一周していたことに気付く。
「そろそろ戻りましょうか、午後からは孤児院の訪問も有るでしょう?」
「……付き合わせてごめんなさい」
「いいのよ、健康な肉体作りの一歩はまず日光を浴びることと動くことだからね♪」
今日も教育係のウィンクは軽やかに決まる。
瞼に乗せられたオレンジのシャドウが、色鮮やかだ。
中央に位置する庭園を象徴するかのような、豪勢な噴水が見えてくる。
そこには、先日会ったばかりの顔見知り二人の姿があった。




