変わらない風景
ローラが倒れてから、二日が経った。
あの後全ての予定を体調不良ということで白紙に戻したローラは、二日間庭弄りをしたりサンルームで本を読んだりと、久々に羽根を伸ばしていた。
「お嬢様、もう少しお休みされても良いのでは?」
「大丈夫よ。 王太子妃教育に遅れが出てはいけないし、調子が戻ったら王妃様のところに行く約束だもの」
「あまり無理はなさらないでくださいませ。 お嬢様が倒れた時、すわ眠り姫病かとメアリーは心臓が縮こまりましたよ」
今日もメアリーはメイドに指示を飛ばしながら、テキパキと動き回っている。
ブロッサム家は特に貧乏ではないが、ローラの人見知りもあるため使用人はメアリーを含めて数人しか居ない。
『冷酷で我儘な風花令嬢』と噂されるローラの元で働きたがる人間も多くはなく、今働いている者の殆どはブロッサム領にいた頃からの顔見知りばかりだ。
「ローラはまだ過労で済んで良かったわ。 どうやら昨日も眠り姫病らしいお嬢さんがでたらしいもの、怖いわねェ」
「情報が早いのね、モモ先生」
朝食のパンをカフェオレに浸しながら、モモが快活に笑う。
「オホホホ、情報戦は淑女の嗜みでしてよォ! ……冗談はさておき、今回の発症者に王城の女官が含まれてるみたいだから、本当に気をつけないとね」
眠り姫病は、日に日に犠牲者を出している。
モモの情報が確かだとすると、王城も安全ではなさそうだ。
「魔法なのかしら……お城には魔法を感知できる装置が幾つも置いてあるはずだから、すぐに分かると思うのだけれど」
いつもよりも少し多めに朝食を摂ったローラが、食後の紅茶を楽しみながら訝しげに眉をひそめる。
「そうね、感知装置を掻い潜れるような特殊な術式なのか……それとも、そもそも魔法ではないかもしれないわね」
「……魔法ではない、というと?」
「呪いとか、それこそ悪霊の類の仕業だったりして?」
「急に信憑性が落ちましたね」
「あァん、厳しいわァ……」
確かに、モモが転移してきた魔力が自然に漏れている場所などでは時折強力な魔物が自然発生し、騎士団が駆り出される事も有る。
しかし、この王都の内部は勿論その周辺にもそのような場所はないはずだ。
モモの考えを一蹴したローラの目の前に、メアリーがガラスの器を置く。
涼しげに盛られているのは、美しくスライスされた瑞々しい白桃だ。
「とにかく、病み上がりなのですからくれぐれも無茶はなさいませんようお願いしますよ。 明日には旦那様がいらっしゃいます、元気な姿を見せてあげてくださいませ」
父であるブロッサム伯爵からは昨日、伝達魔法で簡易な文が届いた。
なんてことはない、三日後に用事でそちらに行くので体調を整えておけという、味気無く簡素なものであった。
そのためか、ローラの返事も気のないものになってしまった。
「ええ」
「……お嬢様が倒れられたら、サンフラワー伯爵令息も悲しまれますからね」
「分かっているわ」
渋い顔をするメアリーに、思わず苦笑する。
実は、ローラが倒れた翌日の夕方、メアリーを通して見舞いの品が届いたのだ。
裏口からこっそりとやってきたその人物は、王都の有名菓子店の塩蜂蜜クッキーと白桃を詰めたバスケットをメアリーに託して、耳を真っ赤にしながら足早に立ち去っていったのだという。
本人は「ローラには絶対言うなよ」と言っていたらしいが、「差出人不明のものをお嬢様には食べさせられませんので」と、しれっとメアリーによってバラされたのであった。
(ジョージ……)
サーマ領で採れる塩とスプリンダ領で採れる蜂蜜を使ったクッキーと、夏が旬の白桃はローラの好物だ。
そして、王都でその事を知っているのは幼馴染であるジョージ・サンフラワー伯爵令息くらいであろう。
ローラとジョージの仲を知るモモが、面白そうに唇を弧の形に吊り上げる。
「良い幼馴染に恵まれたじゃない」
「……そうですね」
ローラが倒れたとて、心配する者は誰も居ない。
立場上婚約者である筈のオータムナル王太子からは、見舞どころか便りすら届かなかった。
(ジョージは、いつも私の事を思ってくれているのね)
表立って会うことはないが、こうしていつも気遣ってくれる。
見えないながらも、その存在はローラの心を確かに癒した。
胸の内から溢れる温かな想いに呼応するように、頭部を飾る春咲花のつぼみが、音も無く綻ぶ。
フォークで白桃を口に運ぶと、ひんやりとした冷たさと爽やかな甘さが口内に広がる。
今日も一日、頑張れそうな気がした。




