第96話 主語が足りなかった話
■駅前
休日。
駅前は、人通りが多かった。
「……」
白石ひなたは、きょろきょろと周囲を見回していた。
スマホの画面を確認する。
そこに映っているのは、姉のロック画面だった。
正確には。
そこに偶然写り込んでいた、ひとりの男子の顔。
(たしか、この人が)
朝比奈恒一。
姉が最近、妙に反応する相手。
名前を見ただけで止まる。
話題が出ると、少し静かになる。
何かを聞こうとしても、すぐに誤魔化す。
(なんとかしたい)
妹として。
かなり本気で、そう思っていた。
だから、休日の駅前まで来た。
高校付近で探すのは難しかったが、駅前なら会えるかもしれない。
そう思って歩いていた、その時。
「あ」
少し離れた場所に、見覚えのある顔があった。
背は高め。
少しぼんやりした顔。
けれど、写真と同じだった。
「朝比奈先輩!」
呼びかけると、恒一が振り向いた。
「……?」
恒一は、少しだけ首をかしげる。
一年生くらいの女子。
どこか白石ひよりに似ている。
けれど、近くで見ると確かに少し違う。
「はじめまして、白石ひなたです!」
「ああ」
そこで、恒一の中で繋がった。
「白石の妹だっけ?」
「はい!」
ひなたは勢いよくうなずいた。
少し緊張していた。
けれど、止まれない。
ここで止まったら、たぶん言えなくなる。
「お願いがあります!」
「?」
恒一が待つ。
ひなたは息を吸った。
そして、勢いのまま言った。
「デートしてください!」
一瞬。
駅前の空気が止まった。
近くを歩いていたカップルが、ちらっとこちらを見る。
「……」
恒一も止まった。
数秒間、本気で考える。
それから、真面目な顔で聞いた。
「……ひなたと? ひよりと?」
「あっ」
ひなたの顔が、一気に赤くなった。
「ち、違います!」
「違うのか」
「いや、違わないです!」
「……」
「姉とです!」
「なるほど」
恒一は納得した。
一方、ひなたは心臓がうるさかった。
(主語忘れた……!)
やってしまった。
いきなり知らない男子に、デートしてくださいと言ってしまった。
しかも駅前で。
でも、恒一は特に気にした様子がない。
「デート?」
「はい!」
ひなたは慌ててうなずく。
「姉、最近ちょっと元気なくて!」
「……」
恒一は少し考える。
白石ひよりの顔を思い出す。
静かで。
どこか、いつも少し距離を取っているような後輩。
「公開告白の話か?」
「うっ」
ひなたが止まった。
図星だった。
「……ごめんなさい」
しゅんと肩が落ちる。
「姉のためにやったんです」
「……」
「いいことあると思って」
「……」
恒一は少し考えた。
ひなたが本気だったのは分かる。
悪意もない。
むしろ、姉思いなのだろう。
やり方は、かなり大きく間違えているが。
「白石は優しいな」
「……え?」
ひなたが顔を上げる。
「妹としては立派だと思う」
「……」
ひなたが固まった。
怒られると思っていた。
呆れられると思っていた。
でも、返ってきたのはその言葉だった。
「……姉ちゃんも、そういうところあるんですよ」
「そういうところ?」
「優しいところです」
「……そうなのか」
「困ってても、自分から言わないし」
ひなたは少しだけ口を尖らせる。
「大丈夫って言うし」
「……」
「本当は全然大丈夫じゃない時もあるのに」
「……」
「だから、放っとけなくて」
恒一は、少し黙った。
それから、小さくうなずく。
「分かる気がする」
「え?」
「なんとなくだけど」
ひなたは、その顔を見る。
恒一は真面目だった。
変に気を遣っている感じでもない。
本気でそう言っている。
(……姉ちゃんが気になるの、分かるかも)
なんとなく。
少しだけ、そう思った。
「で?」
恒一が聞く。
「え?」
「どういうデートがいいんだ?」
「……え?」
「いや、やるならちゃんと考えないと」
真顔だった。
ひなたは目を瞬く。
「……やってくれるんですか?」
「白石がそれで元気になるなら」
「……」
「ただ、俺が勝手に決めていい話なのかは分からない」
「あ」
ひなたは止まる。
言われてみれば、その通りだった。
自分は姉のために来た。
でも、姉に確認していない。
「……姉ちゃんに聞いてないです」
「だろうな」
「分かってたんですか?」
「なんとなく」
恒一は短く答える。
「じゃあ、まず白石に聞いた方がいいんじゃないか」
「……はい」
ひなたは、少しだけ肩を落とした。
でも、不思議と嫌な気持ちではなかった。
ちゃんと止められた。
ちゃんと考えろと言われた。
それだけだった。
「でも」
「?」
「朝比奈先輩、思ってたよりちゃんとしてますね」
「……そうか?」
「はい」
ひなたはうなずく。
「でも、なんか変です」
「最近よく言われる」
「そうなんですか」
「ああ」
恒一は普通にうなずいた。
ひなたは少し笑いそうになった。
(……なんか)
(思ってたより変な人だ)
でも、悪い感じはしなかった。
姉が気になる理由も、少しだけ分かる。
少しだけ。
本当に少しだけ。
「じゃあ、まず姉ちゃんに聞いてみます」
「ああ」
「その時は、ちゃんと主語も入れます」
「それがいいと思う」
「はい……」
ひなたは赤い顔のまま、小さくうなずいた。
休日の駅前。
人通りの多い中で。
白石ひなたは、姉のための作戦が、まず主語から足りていなかったことを思い知った。




