第97話 答えを出すのが早い話
■二年A組教室
放課後。
二年A組の教室には、まだ何人かの生徒が残っていた。
「……なあ」
恒一が口を開いた。
基樹が顔を上げる。
「またなんかやったのか?」
「やったというか」
恒一は少し考えた。
「白石ひよりとデートすることになった」
一瞬にして、空気が止まった。
「……は?」
基樹が固まる。
彩音は、机に頬杖をついたまま目を細めた。
「へえ」
少し楽しそうだった。
「いや、へえじゃねえよ!」
基樹が先に復活する。
「どういうことだよ!」
「白石の妹に頼まれた」
「余計ややこしいな!?」
基樹のツッコミが飛んだ。
「妹って、ひなたちゃん?」
彩音が聞く。
「ああ。休日に駅前で会った」
「うん」
「デートしてくださいって言われた」
「うん」
「主語が抜けてた」
「……」
基樹が頭を抱えた。
「なんでお前の周り、そんな事故ばっか起きるんだよ……」
「事故なのか?」
「事故だろ」
彩音は肩を震わせている。
「ふふっ……」
「彩音、笑うな」
「いや、主語抜けはちょっと面白いって……」
「笑ってるじゃねえか」
「だって、ひなたちゃんらしい気もするし」
彩音は笑いをこらえながら言った。
恒一は、少しだけ首をかしげる。
「最初は、ひなたとデートする話かと思った」
「確認したのは偉い」
基樹が真顔で言う。
「そこ確認しなかったら終わってたぞ」
「そうなのか」
「そうだよ!」
「でも、白石ひよりとだった」
「それもそれで問題だろ!」
基樹はまた頭を抱えた。
「で?」
彩音が促す。
「ひなたちゃんは、なんでそんなことを頼んできたの?」
「白石が最近、元気ないらしい」
「公開告白の件ね」
「たぶん」
恒一はうなずいた。
駅前でのひなたの顔を思い出す。
勢いはあった。
けれど、ふざけていたわけではない。
姉をどうにかしたいと、本気で思っている顔だった。
「悪気はなさそうだった」
「だろうな」
基樹がため息を吐く。
「姉思いではあるんだろうけど、やり方がな……」
「まあ、妹ちゃんが勘違いして暴走してる可能性はあるよね」
彩音が言う。
「勘違い?」
「ひよりちゃんが元気ない理由を、恒一と何かあったからだと思ってるとか」
「……」
恒一は少し考えた。
白石ひより。
公開告白。
元気がない。
妹がデートを頼みに来る。
「……これ」
「うん?」
「もしかして白石って、俺のこと好きなのか?」
基樹が止まった。
彩音も、一瞬だけ目を瞬く。
だが、次の瞬間。
彩音が吹き出した。
「答え出すの早くない?」
「早いか?」
「早いよ」
彩音は笑いながら言う。
「昨日まで、巴相手に“嫌われたくない”って言ってた人とは思えないんだけど」
「……」
恒一は少し考える。
「確証はない」
「そこだけ冷静なんだ」
彩音が肩を震わせる。
基樹は腕を組んだ。
「いやでも、状況だけ見たら、普通そう考えるのは分かる」
「そうなのか?」
「そうだよ」
基樹はうなずく。
「本人が元気ない。妹が出てくる。デートしてくれって頼まれる。普通なら、そういう話かと思う」
「だよな」
「でも」
彩音が指を一本立てる。
「ひよりちゃん本人に確認してない」
「……」
「妹ちゃんが勝手に動いてる可能性もある」
「……」
「そもそも、ひよりちゃんが元気ない理由が本当に恒一なのかも分からない」
「……」
恒一は黙った。
情報が足りない。
確かに、そうだった。
「じゃあ、まだ分からないのか」
「そうだね」
彩音が笑う。
「恒一の恋愛、毎回情報が足りないから」
「そんなことあるか?」
「ある」
基樹が即答した。
「主語がなかった時点で察しろ」
「……」
恒一は少し考える。
「主語は大事だな」
「そこからかよ」
「実際、大事だろ」
「大事だけど!」
基樹が机に手をついた。
「お前の場合、主語だけじゃなくて目的語も文脈も足りねえんだよ!」
「難しいな」
「難しくしてるのはお前だ!」
いつものツッコミが飛ぶ。
彩音は楽しそうに笑っていた。
「でも、ひよりちゃんとのデートって言っても、まず本人に確認しないとね」
「そうだな」
「ひなたちゃん経由で勝手に決めたら、また公開告白みたいな事故になるかも」
「それは困る」
恒一は真面目にうなずいた。
「白石に嫌な思いをさせたいわけじゃない」
「そこは分かってるんだよなあ」
基樹がため息を吐く。
「分かってるのに、なんで毎回変な方向に行くんだ」
「俺にも分からない」
「分かれ!」
彩音がまた笑う。
「恒一はまず、聞き方を考えた方がいいかもね」
「聞き方?」
「“白石、俺とデートしたいのか”って聞いたら終わるからね」
「ダメなのか?」
「ダメに決まってるだろ!!」
基樹の声が教室に響いた。
近くにいた生徒がちらっとこちらを見る。
基樹は少しだけ声を落とす。
「もっとこう、自然に聞け」
「自然」
「妹に会ったことを話して、困ってないか確認するとか」
「なるほど」
恒一は真剣に聞いていた。
「じゃあ、まず白石に聞く」
「そう」
「デートしたいのかを」
「違う!!」
基樹がまた叫んだ。
「聞き方を今言っただろ!」
「難しいな」
「だから難しくしてるのはお前だ!」
彩音はもう笑いをこらえきれていなかった。
「ふふっ……恒一、まず主語と聞き方から練習しよっか」
「練習がいるのか」
「いると思う」
「そうか」
恒一は真面目にうなずく。
基樹は深くため息を吐いた。
「……白石、苦労するぞこれ」
「誰が?」
「白石ひよりだよ!」
「そうか」
恒一は少し考える。
「なら、苦労させないようにしたいな」
「その気持ちはいいんだけどな……」
基樹が疲れたように言う。
教室に、小さな笑い声が広がった。
恒一は、まだ少し分かっていない顔をしている。
それでも、ひとつだけ分かったことがあった。
恋愛は難しい。
そして、主語はかなり大事らしい。




