第91話 なんか繋がってきた話
■二年A組教室
放課後。
二年A組の教室では、まだ何人かの生徒が残っていた。
「関東って、普通にすごくない?」
彩音が言った。
「……そうなのか」
恒一は、よく分からない顔で答える。
「いや、そうだよ!」
基樹が即座にツッコミを入れた。
「お前、陸上始めてまだ半年だぞ!?」
「……」
恒一は少し考える。
「そういえば、まだ半年くらいか」
「今気づいたの!?」
基樹が頭を抱えた。
彩音は楽しそうに笑っている。
「でも、良かったじゃん」
「……まあ」
恒一は短く返す。
けれど、少しだけ。
いつもより声が柔らかかった。
「……」
彩音が目を細める。
「今、ちょっと嬉しそう」
「……そうか?」
「顔ほぼ変わってないし!」
基樹が横から言う。
「分かりづれえんだよ!」
「……」
恒一は自分の頬に触れた。
よく分からない。
顔は、たぶんいつも通りだ。
でも、胸の奥は少し軽かった。
「お、いたいた」
教室の後ろから声がした。
三浦純也だった。
「純也」
基樹が振り向く。
「どうした?」
「いや、ちょっと面白かった話」
純也は笑いながら近づいてくる。
「今日、同じクラスの前田千夜にめっちゃ聞かれた」
「……?」
恒一が止まる。
「千夜ちゃん?」
彩音が自然に言った。
「もう下の名前なんだ」
純也が少し笑う。
「巴の友達でしょ?」
「そうだけど、距離詰めるの早くない?」
「そうかな?」
彩音はにこっと笑う。
基樹が小さくため息をついた。
「で、何を聞かれたんだよ」
「恒一ってどんなやつ?って」
「なんで?」
恒一は、本気で分かっていない顔をした。
基樹が深いため息を吐く。
「お前、ほんとそればっかだな……」
「いや、でも」
純也は少し笑う。
「“ちゃんとしてるけどズレてる”って言ったら、めっちゃ納得してた」
「最近よく言われる」
「そこ受け入れるな!」
基樹のツッコミが飛ぶ。
「事実だから仕方ないんじゃない?」
彩音が笑う。
「彩音」
「なに?」
「お前が言うと重みがある」
「そう?」
「ある」
基樹は即答した。
恒一は、少しだけ考える。
「ちゃんとしてるつもりなんだが」
「そこがズレてるんだよ」
「難しいな」
「だから難しくしてるのはお前だって」
基樹がまた頭を抱えた。
純也は、そのやり取りを見て笑う。
「あと、彩音のこと怖いって言ってた」
「えっ」
彩音が目を丸くする。
「ひどくない?」
でも、少し笑っていた。
「いや、でもそこまで外れてないだろ」
純也が言う。
「同性が見ても、やっぱりそう見えるんだなって思った」
「純也まで?」
「前田さんの目、けっこう正確なのかもね」
「……まあ分かる」
基樹がぼそっと言う。
「基樹?」
彩音がにっこり笑う。
「なんでもありません」
即答だった。
純也が笑った。
「前田さん、結構ちゃんと見てる感じしたよ」
「へえ」
彩音が机に頬杖をつく。
「千夜ちゃん、面白いね」
「お前が言うと怖いんだよ」
基樹のツッコミが飛ぶ。
「ひどいなあ」
彩音は楽しそうに笑った。
「実際、怖いところあるしな」
純也がさらっと言う。
「純也?」
「幼馴染を面倒ごとに入れて遊ぼうとするところとか」
「人聞き悪いなあ」
「ほんとひどいやつだよ」
基樹が真顔で言った。
「基樹まで?」
「俺も何回かひどい目に遭ってるからな」
「二人とも大げさだなあ」
彩音は楽しそうに笑う。
純也も笑った。
「まあ、でも悪いやつじゃないって言っといたよ」
「そこはちゃんと言うんだ」
「事実だからね」
純也が軽く言う。
「恒一のことも、基樹のことも、本当に大事にしてるって」
「そこは事実だからね」
彩音は、あっさりうなずいた。
基樹は何か言いたそうにしたが、少しだけ黙った。
それから、彩音を見る。
「だったら、恒一のこと裏切るなよ」
「……」
彩音が、ほんの少しだけ目を瞬いた。
「あと、俺のことも」
「そこはついでなんだ」
純也が笑う。
「ついでじゃねえよ!」
基樹が即座に返す。
彩音は少しだけ考えるようにして、それから笑った。
「うん」
「うん、じゃなくて」
基樹が眉を寄せる。
「そこは即答で肯定しないとダメだろ」
「してるよ」
「間があっただろ!」
「気のせいだよ」
「気のせいじゃねえよ!」
教室に、小さな笑い声が広がった。
恒一は、少しだけ彩音を見る。
「……そうなのか」
「そうだよ」
彩音は笑った。
「恒一も基樹も、大事な幼馴染だから」
「……」
恒一は少し黙る。
それから短く言った。
「そうか」
「そこで照れろよ!」
基樹がツッコむ。
「照れるところか?」
「そこからかよ!」
教室に、また小さな笑い声が広がった。
純也は、机に軽く寄りかかる。
「まあ、でも」
「ん?」
「なんか繋がってきた感じはあるよね」
「何が」
恒一が聞く。
「恒一と、巴と、前田さんと、彩音」
「……?」
恒一は、ますます分からない顔をした。
「俺も入ってるのか?」
「入ってるよ」
純也は即答した。
「だいたい、お前が中心だし」
「俺が?」
「そうだよ!」
基樹が即座に言った。
「お前が変な距離取り始めたから、全部そこから広がってんだよ!」
「……そうなのか」
「そうなんだよ!」
恒一は、少し考えた。
そして、真面目な顔で言う。
「人間関係は難しいな」
「今さらすぎる!」
基樹の声が教室に響く。
彩音が笑う。
純也も笑う。
恒一だけが、やっぱりよく分からない顔をしていた。
けれど、その空気は悪くなかった。
少しずつ。
本当に少しずつ。
別々だったものが、どこかで繋がり始めている。
そんな感じがした。




