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恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
第1章 すれ違い編

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第89話 だいたい昔からあんな感じらしい話

■二年D組教室


 昼休み。


 前田千夜は、自分の席で本を読んでいた。


 静かだった。


 ……はずだった。


「前田さんってさ」


 横から声がした。


「……」


 千夜は、視線を上げる。


 そこにいたのは、三浦純也だった。


 軽い笑み。


 人懐っこい空気。


 三浦基樹とは少し違う。


 もっと柔らかく、相手の懐に入るのが自然なタイプだった。


「最近、A組よく見てるよね?」


「……見てない」


「いや、見てるでしょ」


 純也は笑う。


「……」


 千夜は本を閉じた。


「……三浦基樹君の従兄弟だっけ」


「そうそう」


 純也はうなずく。


「あと、彩音の幼馴染」


「……」


 一瞬。


 千夜の頭に、一ノ瀬彩音の笑顔が浮かんだ。笑っているのに、どこか見透かしているような顔。


「……朝比奈くんとも仲いいの」


「恒一?」


 純也は普通に言った。


「まあ、友達だね」


「……」


 呼び捨て。


 距離がかなり近い。


「……どんな人?」


 千夜が聞く。


「恒一?」


「……」


 純也は少し考えた。


「ちゃんとしてる人」


「……」


 また、その言葉だった。


 巴も。


 彩音も。


 恒一本人も。


 みんな同じことを言う。


「……みんなそれ言う」


 千夜がぽつりと言った。


「え?」


「“ちゃんとしてる”」


「あー」


 純也は笑った。


「まあ、分かる」


「……」


「ちゃんとしてるんだけど」


「……?」


「なんかズレる」


「……」


 千夜は、小さく納得した。


 それは、自分も思った。


 悪いやつではない。


 むしろ、真面目だ。


 でも、真面目なまま変な方向へ行く。


「まあでも」


 純也が、ふと思い出したように笑う。


「恒一、昔はもっと分かりやすかったよ」


「……?」


「惚れやすくてさ」


「……」


「惚一とか、恋一とか言われてた」


「……誰それ」


「恒一」


 純也は即答して笑った。


「……」


 千夜は無言で窓の外を見る。


 グラウンドの方に、朝比奈恒一の姿が見えた。


 今も、よく分からない顔をしている。


 あれが惚一。


 恋一。


 いまいち結びつかない。


「この前の騒動の時なんか」


 純也が続ける。


「告一とか言われてたし」


「……」


「頻繁に告白しては散ってたから」


「……それ、本当に同一人物?」


「同一人物」


 純也は即答した。


「でも」


「……」


「陸上部入ってから、あいつ変わったよ」


「……変わった?」


「うん」


 純也は少し考える。


「前より、ちゃんと考えるようになった」


「……」


「その結果、今の変な方向に行ってる気がする」


「……」


 千夜は、少しだけ黙った。


(……それは)


 良くなったのか。


 悪くなったのか。


 よく分からない。


 ただ、少なくとも。


 今の朝比奈恒一は、昔の“惚一”ではないらしい。


「巴を避けてるのも?」


 千夜が聞く。


「……あー」


 純也は苦笑いした。


「たぶん、気遣ってるつもりなんだと思う」


「……」


「恒一、あれで結構考えるし」


「……あれで?」


「うん」


 純也は普通にうなずいた。


「ただ、ズレてる」


「……」


 千夜は、少しだけ額を押さえた。


(……面倒くさいな)


 でも、悪意がないのも分かる。


 それが、さらに面倒だった。


「……一ノ瀬さんは」


 ふと、千夜が聞く。


「ん?」


「昔からあんな感じ?」


「あんな感じ」


 純也は即答した。


「……」


 千夜は少し黙る。


「……なんか怖い」


「え?」


 純也が笑う。


「彩音が?」


「……笑ってるけど」


「うん」


「全部分かってそう」


「……あー」


 純也は、少し考えた。


「まあ、頭いいからね」


「……」


「でも昔からだよ」


 純也は笑う。


「でも昔からだよ」


 純也は笑う。


「面倒ごと見つけると、ちょっと楽しそうになる」


「……」


「申し訳ないけど、そういうところはある。俺も昔から、何回かひどい目に遭ってるし」


「……」


 千夜は、彩音の笑顔を思い出す。


『前田さんって、優しいね』


「……」


(……やっぱり苦手かも)


 小さく思う。


「でも」


 純也は、少しだけ笑った。


「彩音、悪いやつじゃないよ」


「……」


「恒一のことも、基樹のことも、本当に大事にしてる」


「……そう」


 千夜は短く返した。


 それは、なんとなく分かる。


 彩音は、ただ面白がっているだけではない。


 ちゃんと見ている。


 ちゃんと分かっている。


 その上で、少し楽しそうにしている。


 だから余計に、あの笑顔が少し怖い。


「……あなたたち、変」


 千夜がぽつりと言う。


「よく言われる」


 純也は笑った。


 その空気は、どこかA組に似ていた。


 軽くて。


 近くて。


 少し変で。


 千夜は、閉じた本に指を置いたまま、もう一度だけ窓の外を見る。


 グラウンドでは、恒一がまた真面目な顔で何かを考えていた。


(……だいたい昔から、あんな感じらしい)


 分かったような。


 余計に分からなくなったような。


 そんな気がした。

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