だいたい昔からあんな感じらしい話
昼休み、2年D組。
前田千夜は、自分の席で本を読んでいた。
静かだった。
……はずだった。
「前田さんってさ」
横から声がする。
「……」
視線を上げる。
三浦純也だった。
軽い笑み。
人懐っこい空気。
基樹とは少し違う。
もっと柔らかい。
「最近A組よく見てるよね?」
「……見てない」
「いや見てるでしょ」
笑う。
「……」
千夜は、本を閉じた。
「……三浦基樹君の従兄弟だっけ」
「そうそう」
純也はうなずく。
「あと彩音の幼馴染」
「……」
一瞬。
千夜の頭に、一ノ瀬彩音の笑顔が浮かぶ。
「……朝比奈とも仲いいの」
「恒一?」
純也は普通に言った。
「まあ友達だね」
「……」
呼び捨て。
距離がかなり近い。
「……どんな人?」
千夜が聞く。
「恒一?」
「……」
純也は少し考えた。
「ちゃんとしてる人」
「……」
またその言葉だった。
巴も彩音も。
恒一本人も。
みんな同じことを言う。
「……みんなそれ言う」
千夜がぽつりと言う。
「え?」
「“ちゃんとしてる”」
「あー」
純也は笑った。
「まあ分かる」
「ちゃんとしてるんだけど」
「……?」
「なんかズレる」
「……」
千夜は、小さく納得した。
それは、自分も思った。
「まあでも」
純也がふと思い出したように笑う。
「恒一、昔はもっと分かりやすかったよ」
「……?」
「惚れやすくてさ」
「惚一とか恋一とか言われてた」
「……誰それ」
「恒一」
即答して笑う。
「……」
千夜は、無言でグラウンドを見る。
朝比奈恒一。
今も、よく分からない顔をしている。
「この前の騒動の時なんか」
純也が笑う。
「“告一”とか言われてたし」
「……」
「頻繁に告白しては散ってたから」
「……それ本当に同一人物?」
「同一人物」
純也は即答した。
「でも」
「陸上部入ってから、あいつ変わったよ」
「……変わった?」
「うん」
純也は少し考える。
「前より、ちゃんと考えるようになった」
「……」
「その結果、今の変な方向行ってる気がする」
「……」
千夜は、少しだけ黙る。
(……それは)
(……良くなったのか?)
よく分からない。
でも、少なくとも。
今の朝比奈恒一は。
昔の“惚一”ではないらしい。
「真田さん避けてるのも?」
「……あー」
純也、苦笑い。
「多分、気遣ってるつもりなんだと思う」
「……」
「恒一、あれで結構考えるし」
「……あれで?」
「うん」
純也は普通にうなずく。
「ただ、ズレてる」
「……」
千夜は、少しだけ額を押さえた。
(……面倒くさいな)
でも、悪意がないのも分かる。
それが、さらに面倒だった。
「……一ノ瀬さんは」
ふと、千夜が聞く。
「ん?」
「昔からあんな感じ?」
「あんな感じ」
即答だった。
「……」
千夜は少し黙る。
「……なんか怖い」
「え?」
純也が笑う。
「彩音が?」
「……笑ってるけど」
「全部分かってそう」
「……あー」
純也は、少し考える。
「まあ、頭いいからね」
「……」
「でも昔からだよ」
笑う。
「面倒ごと見つけると、ちょっと楽しそうになる」
「……」
千夜は、彩音の笑顔を思い出す。
『前田さんって、優しいね』
「……」
(……やっぱり苦手かも)
小さく思う。
「でも」
純也は、少し笑った。
「彩音、悪いやつじゃないよ」
「……」
「恒一のことも、基樹のことも、本当に大事にしてる」
「……そう」
千夜は短く返す。
それは、なんとなく分かる。
だから余計に。
あの笑顔が、少し怖かった。
「……あなたたち、変」
千夜がぽつりと言う。
「よく言われる」
純也は笑った。
その空気は、どこかA組に似ていた。




