なんかこの人は苦手かもしれない件
放課後、2年A組前。
前田千夜は、廊下を歩いていた。
別に用があるわけではない。
……たぶん。
「……」
少しだけ視線を向ける。
教室の中。
三浦基樹が騒いでいる。
朝比奈恒一は、いつものよく分からない顔をしていた。
「だからその距離感がおかしいって!」
「ちゃんとしてるだろ」
「してねえんだよ!」
いつものやつだった。
「……」
千夜は、小さく息を吐く。
そのまま通り過ぎようとして。
「前田さんだっけ?」
声をかけられた。
「……?」
振り向く。
彩音だった。
肩まで伸びた艶のある黒髪。
柔らかく整った顔立ち。
笑うだけで空気が軽くなる。
派手ではない。
でも。
自然と視線が向く。
そんなタイプ。
「……どうも」
千夜は軽く返す。
「巴の友達なんでしょ?」
「まあ」
「やっぱり」
彩音は楽しそうに笑った。
「最近よくA組いるよね」
「……」
千夜は、一瞬だけ黙る。
(……なんで知ってる)
でも、顔には出さない。
「少し気になっただけ」
「へえ」
彩音は、どこか面白そうにうなずいた。
「恒一のこと?」
「……まあ」
否定はしない。
「昔からあんな感じなの?」
千夜が聞く。
「うーん」
彩音は少し考える。
それから。
「ちゃんとしてるよ」
「……」
またその言葉だった。
巴も恒一も。
同じ言葉を使う。
「……」
千夜は、少しだけ目を細める。
彩音は笑ったまま。
「でも」
「ちゃんとしすぎると、失敗するんだよね」
「……」
軽い口調。
けど妙に引っかかった。
「……分かってるんだ」
千夜がぽつりと言う。
「ん?」
「朝比奈のこと」
「……まあ、幼馴染だしね」
彩音は、あっさり答えた。
その顔は穏やかだった。
優しい、ちゃんと友達に見える。
でも。
「……」
千夜は、少しだけ違和感を覚える。
この人、空気を読む。
しかも、少し動かしている。
「……」
気づく。
A組の空気。
基樹のツッコミ。
恒一のズレ。
全部。
彩音がいると、妙に軽い。
「……」
彩音は、そんな千夜を見て笑う。
「前田さんって、優しいね」
「……?」
「ちゃんと人見てるから」
「……別に」
「ふふ」
彩音は、楽しそうに笑った。
それから。
「巴のこと、よろしくね」
軽く手を振る。
そのまま、教室へ戻っていく。
「……」
千夜は、その背中を見る。
(……なんか)
小さく思う。
(……この人は苦手かもしれない)
理由は、まだ分からない。
たぶん、この人は。
色々、分かった上で笑っている。




