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恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
第1章 すれ違い編

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第84話 それは多分、そういうことなんだと思う

■校舎裏・自販機前


 放課後。


 校舎裏の自販機の前で、カコン、と缶の落ちる音がした。


 前田千夜は取り出し口から缶を拾い、軽く振る。


「で?」


 缶を片手に、千夜が聞いた。


「謝ったんだ」


「……ああ」


 巴は短くうなずいた。


「一昨日のこと」


「道場の?」


「……うん」


「やりすぎたって?」


「うん」


 巴は、視線を少しだけ落とした。


「……また私、やりすぎちゃったのかなって」


「……」


 千夜は、少しだけ表情をやわらげた。


「大丈夫だよ」


「……」


「巴、ちょっとカッとなると、やりすぎちゃうところはあるけど」


「……それ、慰めてる?」


「慰めてる」


「……」


「でも、ちゃんと謝ったんでしょ?」


「……うん」


「許してくれたんでしょ?」


「……許しては、くれた」


「なら、きっと大丈夫」


「……」


 巴は答えない。


 大丈夫。


 そう言われれば、たぶんそうなのだと思う。


 恒一は怒っていなかった。


 責めてもこなかった。


 大丈夫だとも言った。


 でも。


「……距離は、そのまま」


「……」


 千夜は、少しだけ間を置いた。


「どんな感じ?」


「……」


 巴は考える。


 昨日と、今日。


 廊下での恒一の動き。


 視線。


 言葉。


 その全部を思い返す。


「……近づかない」


「うん」


「必要なことしか言わない」


「うん」


「終わったら、すぐ離れる」


「……」


 千夜は、すぐには答えなかった。


 もう一口、缶の中身を飲む。


「……変わらないんだ」


「……ああ」


 巴は小さくうなずいた。


 謝った。


 許された。


 でも、戻らない。


 そこだけが、妙にはっきりしていた。


「……やっぱり」


「うん」


「そうなんだと思う」


「……」


 千夜は否定しなかった。


 けれど、強く肯定もしなかった。


 ただ、少しだけ視線を上げる。


「巴がそう見えるなら」


「……」


「少なくとも、そういう距離にはなってるんじゃない」


「……そう」


 巴は短く返した。


 風が、校舎裏を抜ける。


 自販機の横の空き缶入れが、かすかに揺れた。


「……」


 巴は小さく息を吐く。


「ありがと」


「別に」


 千夜は短く返した。


 それ以上、何かを聞くことはしなかった。


 巴も、もう何も言わなかった。


 缶を片手に、巴は校舎裏を出ていく。


 その背中が見えなくなってから、千夜は一人でその場に残った。


「……」


 缶を傾ける。


 さっきの話を思い返す。


 謝って、許されて。


 それでも、距離を取られる。


「……よくわからないな」


 小さくつぶやく。


 普通なら、少しは戻る。


 少なくとも、謝った相手に対して、そこまで距離を取り続ける必要はない。


 でも、戻らない。


 それは、単に怒っているからなのか。


 気まずいからなのか。


 それとも、別の理由があるのか。


「……」


 千夜は缶を下ろした。


(あの巴が、ここまで気にしてる相手なら)


 少しだけ、興味が湧いた。


 巴は、あまり感情を表に出さない。


 面倒なことは面倒だと言うし、違うものは違うと言う。


 なのに、今回は違った。


 違うと言いながら、ずっと気にしている。


 そういう相手が、どういう人間なのか。


(……私も、少し気になる)


 千夜は缶を空き缶入れに捨てた。


 軽い音がして、缶が中に落ちる。


 それから、校舎の方へ足を向けた。


 廊下の先。


 二年A組。


(……見た方が早いか)


 そう思って、千夜は歩き出した。

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