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恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
すれ違い編

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第82話 謝ったのに、距離が遠い話

■廊下


 放課後。


 廊下を歩く生徒の数は、少しずつ減っていた。


 部活へ向かう者。


 そのまま帰る者。


 教室に残って友人と話している者。


 その流れの中で、巴は立ち止まっていた。


「……」


 前から、恒一が歩いてくる。


 気づく。


 一瞬、目が合う。


 その瞬間。


 恒一は、ほんのわずかに進路をずらした。


 半歩。


 ほんの半歩だけ、距離を空ける。


「……」


 巴は、それを見た。


(……やっぱり)


 胸の奥が、少しだけ沈む。


 昨日もそうだった。


 目が合ったのに、何も言わずに通り過ぎた。


 たぶん、あれも距離だった。


 そして今も。


 恒一は、明らかに近づきすぎないようにしている。


「朝比奈」


 巴は、呼んだ。


 恒一が足を止める。


「……なに?」


 声はいつもと変わらない。


 けれど、距離はそのままだった。


 いつもより、少し遠い。


「一昨日のこと」


「……」


「道場で」


「ああ」


「やりすぎた」


 巴は短く言った。


「ごめん」


 まっすぐに謝る。


 言い訳はしない。


 あれは確かに、自分がやりすぎた。


 感情が出た。


 それは分かっている。


「……ああ」


 恒一は、軽くうなずいた。


「別にいい」


「……」


「大丈夫だ」


 それだけだった。


 怒ってはいない。


 声も硬くない。


 責める感じもない。


 でも。


 近づかない。


 踏み込まない。


「……そう」


 巴は、短く返した。


 すぐに沈黙が落ちる。


 会話が続かない。


「……」


 恒一は、それ以上何も言わなかった。


 少しだけ間を置いてから、距離を保ったまま言う。


「じゃあな」


「……うん」


 恒一は歩き出した。


 背中が遠ざかる。


 廊下の人の流れの中に、少しずつまぎれていく。


「……」


 巴だけが、その場に残った。


(……許された)


 そう思う。


 恒一は怒っていない。


 謝ったことも受け取ってくれた。


 たぶん、本当に気にしていない。


 でも。


(……戻らない)


 謝った。


 怒られていない。


 それなのに、距離はそのままだった。


「……」


 巴は、小さく息を吐く。


 頭の中で、いくつかの言葉がつながる。


 ひより。


 応援。


 距離。


 様子見。


「……」


(……そういうことか)


 言葉にはしない。


 でも、もう迷わない。


 恒一は、理由があって距離を取っている。


 そう思った瞬間、胸の奥がもう一度少しだけ重くなった。


■廊下・少し先


「……おい」


 少し先で、基樹が恒一に声をかけた。


「なんだ?」


 恒一が振り向く。


「今の、なんだよ」


「今の?」


「真田さんとのやつだよ」


「ああ」


 恒一は真面目な顔でうなずいた。


「彩音に言われた通り、ちゃんと距離を取った」


「……」


 基樹は、一瞬で嫌な予感がした。


「距離って」


「ああ」


「お前、どういう意味で言ってる?」


「近づきすぎないってことだろ」


「……」


「でも、少し迷ってる」


「何を」


「どのくらい取った方がいいのか」


「……」


「五メートルか」


「……」


「十メートルか」


「……」


「もう少し取った方がいいのか」


「……」


「基樹はどう思う?」


 基樹は、しばらく何も言わなかった。


 そして、ゆっくりと顔を覆った。


「……ダメだ」


「なにがだ」


「全部だよ」


「全部?」


「距離を数字で考えるな!」


「でも、距離だろ」


「物理的な距離の話じゃねえんだよ!」


「そうなのか?」


「そうだよ!」


「じゃあ、メートルじゃないのか」


「そういう問題じゃない」


「インチか?」


「単位を変えるな!」


「センチでもないのか」


「だから単位から離れろ!」


「難しいな」


「難しくしてるのはお前だよ!」


 基樹は、深くため息をついた。


「とにかく、普通に戻せ」


「普通に」


「そう。普通にだ」


「普通って、一メートルくらいだっけ?」


「そこから始まるのかよ!」


 基樹の声が廊下に響いた。


「じゃあ、どのくらいだ」


「だから、数字で聞くな」


「参考までに聞きたいんだが?」


「何を」


「基樹と彩音は、普段どのくらいなんだ」


「……は?」


「五十センチくらいか?」


「俺と彩音の話はどうでもいい!」


「でも、幼馴染だろ」


「お前もだろ!」


「じゃあ、真田とも同じくらいでいいのか?」


「違う! そういう比較じゃねえ!」


 恒一は、まだ真剣に考えている。


 基樹は完全に呆れていた。


「……お前、本当に一回、何も考えるな」


「何も考えないと失敗しないか?」


「考えて失敗してるんだよ!」


 恒一は、最後までよく分かっていない顔をしていた。

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