表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
すれ違い編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
79/191

第78話 ひより、彩音探偵に相談してしまう話

■二年A組教室


 放課後。


 二年A組の教室には、まだ数人の生徒が残っていた。


 窓の外は、少しだけ赤い。


 部活へ向かう声や、廊下を歩く足音が、遠くから聞こえてくる。


「……」


 その入口で、白石ひよりは足を止めていた。


 二年生の教室。


 しかも、自分のクラスではない。


 一年生が一人で入っていくには、少しだけ勇気がいる場所だった。


(……どうしよう)


 声をかけようとして、また迷う。


 けれど、教室の中に彩音の姿が見えた。


 その少し近くに、三浦基樹もいる。


 まったく知らない先輩ばかりなら、たぶん入れなかった。


 でも、二人がいる。


 それだけで、少しだけ足が動いた。


「……一ノ瀬先輩」


 小さな声で呼ぶ。


 彩音が振り向いた。


「ん?」


 そこに立っていたのは、少し不安そうな顔をしたひよりだった。


 何かを相談したくて。


 でも、言い出せずにいる顔だった。


(来た)


 彩音の心の中で、何かが静かに弾んだ。


(来た来た来た)


(今度は白石さんの方から)


(しかも、相談)


 昨日からの流れを考えれば、だいたい何の話かは想像がつく。


 佐々木。


 ひなた。


 恒一。


 そして、なぜか巴。


 材料は十分すぎるほど揃っていた。


 けれど、彩音はそんな顔を表には出さない。いつもより少しだけ柔らかく、優しい声で言う。


「どうしたの?」


 ひよりは、教室の中をちらりと見る。


 誰かに聞かれるのを気にしているようだった。


「……ちょっと、いいですか?」


「いいよ」


 彩音は椅子を少し引いて、ひよりが話しやすいように体を向けた。表面上は、親切な先輩そのものだった。


 教室の後ろの方では、基樹が鞄に教科書を入れていた。


 けれど、帰る気配はない。


「……実は」


 ひよりは、少しだけ視線を落とした。


「朝比奈先輩が」


「恒一が?」


「一ノ瀬先輩は、すごく信用できる人だって」


「……」


「頼りになるし、人の気持ちもよく分かるから、困ったら相談しても大丈夫だって言っていて」


「……そう」


 彩音は、表面上は静かにうなずいた。


 けれど、心の中では。


(恒一)


(グッジョブ)


(最高の導線作ってくれてる)


 かなり喜んでいた。


 もちろん、そんな顔はしない。


「それで、私に?」


「……はい」


「そっか」


 彩音は、いつもより少しだけ柔らかい声で言った。


「じゃあ、ちゃんと聞くね」


「……ありがとうございます」


 ひよりは、少しだけほっとしたようにうなずいた。


 それから、ゆっくり口を開く。


「……私」


「うん」


「真田先輩のこと、好きなんじゃないかって」


「……」


「朝比奈先輩に、思われてて」


「……」


 彩音は、すぐには答えなかった。


 ほんの少しだけ、間を置く。


「……それ、しんどいね」


「……」


 ひよりの肩が、ほんの少しだけ緩んだ。


「自分の気持ちと違うのに、周りだけ勝手に進んでいく感じ」


「……はい」


 ひよりは、小さくうなずく。


「昨日のことも、私がやったことじゃないのに、私が佐々木先輩に告白したことになってて」


「うん」


「それは佐々木先輩には話しました」


「うん」


「朝比奈先輩にも、佐々木先輩じゃないって言ったんですけど」


「うん」


「そしたら、真田先輩のことかって」


「……なるほど」


 彩音は、少しだけ目を細めた。


 だいたい事情は分かった。


 恒一らしい。


 ものすごく恒一らしい。


「あと」


「うん」


「妹が、佐々木先輩を好きだとも思われていて」


「……」


「妹のことも気にかけておくって言われて」


「……」


「もう、何がどうなっているのか、分からなくなって」


「そっか」


 彩音は、優しく相槌を打つ。


 内心では、かなり面白がっている。


 けれど、今はそれを出す場面ではない。


「で?」


 彩音は、少しだけ身を乗り出す。


「白石さんは、本当はどうしたいの?」


「……」


 ひよりは、答えられなかった。


 少しだけ黙る。


「……わからなくて」


「……そっか」


 彩音は否定しなかった。


「無理に決めなくていいよ」


「……え?」


「今って、多分、周りの情報が多すぎるだけだから」


「……」


「佐々木先輩の件もあったし、妹さんのこともあるし、恒一も変な方向に受け取ってるし」


「……はい」


「そこで焦って動くと、もっと変な方向に行くかもしれない」


「……」


 ひよりは、小さく息を呑んだ。


 それは、身に覚えがある。


 妹が動いた結果、今こうなっている。


 自分も焦って動けば、また何かを間違えるかもしれない。


「だから、一回さ」


 彩音は静かに言う。


「そのままにして、様子を見てもいいと思う」


「……そのまま、ですか」


「うん」


「でも、真田先輩のことが好きだって思われたままなのは……」


「嫌だよね」


「……はい」


「でも、急いで否定しすぎると」


 彩音は、少しだけ声を落とす。


「じゃあ誰なの、って恒一に聞かれるかもしれない」


「……」


 ひよりの顔が、少し固まった。


 それは困る。


 とても困る。


「恒一は、そういうところをまっすぐ聞くことがよくあるから」


「……あります」


「でしょ」


 彩音は小さく笑う。


「だから、今は無理に動かない。周りがどう見ているかを見る。それも大事だと思うよ」


「……どう見られてるかを、見る」


「うん」


「それって……」


「結構ヒントになるよ」


 彩音は、やさしい声で言った。


「誰がどう誤解しているのか。どこで話が曲がっているのか。誰が何を知っているのか」


「……」


「焦って全部直そうとすると、逆に絡まるから」


「……はい」


 ひよりは、ゆっくりとうなずいた。


 少しだけ安心した顔だった。


「ありがとうございます」


「ううん」


「……少し、落ち着きました」


「ならよかった」


 ひよりは、丁寧に頭を下げる。


 それから、教室を出ていった。


 扉が閉まる。


 教室が、少しだけ静かになった。


「……お前さ」


 後ろから、基樹の声がした。


 彩音は振り向かない。


「なに?」


「今の」


「うん」


「わざとだろ」


「なにが?」


 彩音は普通に返す。


「“そのまま様子見でいい”ってやつ」


「ちゃんとした助言だよ」


「半分はな」


 基樹は、じとっとした目で彩音を見る。


「でも、もう半分は面白がってるだろ」


「……」


 彩音は、少しだけ笑った。


「ちゃんと考えてるよ?」


「どう転ぶかを?」


「うん」


「それを面白がってるって言うんだよ!」


 基樹がため息をつく。


「白石、ちょっと安心してたぞ」


「だから、親切だったでしょ」


「親切そうではあった」


「親切だったよ」


「親切そうだった」


「言い直さないで」


 彩音は楽しそうに笑う。


 基樹は額に手を当てた。


「お前の助言ってさ」


「うん」


「正しいところがあるからタチ悪いんだよ」


「褒めてる?」


「褒めてねえ」


「でも、間違ってはないでしょ」


「間違ってないから困ってんだよ!」


 基樹のツッコミが教室に響いた。


■廊下


 少し後。


 廊下を歩いていた恒一を、基樹が呼び止めた。


「おい、恒一」


「ん?」


 恒一が振り向く。


「一つ言っとくけど」


「なんだ?」


「彩音に相談するの、もうやめろ」


「なんでだ」


 恒一は、すかさず聞き返した。


「なんでだじゃねえよ」


 基樹は疲れた顔になる。


「絶対ろくなことになってないだろ」


「そうか?」


「そうだよ」


「……」


 恒一は、少しだけ考える。


「いや」


「いやじゃねえ」


「彩音は、ちゃんと考えてくれてるだろ」


「……は?」


「人の気持ちもよく分かるし、誠実だし」


「……」


 基樹が固まった。


「……お前」


「なんだよ」


「それ、本気で言ってんのか?」


 恒一は、少しだけ首をかしげる。


「俺はいつも本気だぞ」


「……」


「彩音は大切な幼馴染だし」


「うん」


「基樹もそうだけど」


「うん」


「二人の言葉は、信じるのが当然だろ」


「……」


 基樹は、言葉を失った。


 悪意がない。


 本当にない。


 疑うという発想がない。


 だからこそ、余計に危ない。


「……お前なあ」


「なんだよ」


「なんでそういうとこだけ真っ直ぐなんだよ!」


「なんだそれ」


「褒めてねえよ!」


 ツッコミが廊下に響く。


 恒一は、最後までよく分かっていない顔をしていた。


■廊下・少し離れた場所


 一方。


 ひよりは、一人で廊下を歩いていた。


「……」


 少しだけ、息を吐く。


(そのまま、様子を見る)


 彩音の言葉を思い返す。


 真田先輩のことが好きだと思われたままでいいわけではない。


 朝比奈先輩に、ずっと誤解されたままでいたいわけでもない。


 でも。


 今すぐ否定したら。


 じゃあ誰なの、と聞かれるかもしれない。


 それは、まだ怖い。


「……」


 足は止まらない。


 けれど、少しだけ迷っていた。


 その背中を、少し離れた場所から。


 彩音は見ていた。


「……」


 口元が、ゆるむ。


「……いいね」


 小さくつぶやく。


「ほんとに」


 親切はした。


 たぶん、嘘ではない。


 けれど、それだけではない。


 どう転ぶのか。


 どこまで絡まるのか。


 それを見ているのも、確かに楽しかった。


 彩音は、くるりと背を向ける。


 その足取りは、軽かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ