番外編 妹、だいたい察する
■白石家・ひよりの部屋
放課後。
家に帰ってから、ひよりはひなたを部屋に呼んだ。
ひなたは、最初から少しだけ身構えていた。
昨日の件で、ひよりに怒られたばかりだったからだ。
「……また、何かあったの?」
ひなたが、おそるおそる聞く。
「……あった」
ひよりは、ベッドの端に座ったまま答えた。
「今日、朝比奈先輩と話した」
「朝比奈先輩?」
「うん」
「陸上部の先輩?」
「……うん」
ひなたは首をかしげる。
「なんで?」
「佐々木先輩じゃないってこと、朝比奈先輩にも伝えたかったから」
「朝比奈先輩にも?」
「今、陸上で直接見てくれてる先輩だから」
「……ああ」
「昨日のことで、朝比奈先輩にも変に伝わってるかもしれないと思って」
「うん」
「それで、グラウンドに行ったら」
「うん」
「朝比奈先輩が、今日大変だったなって言ってくれて」
「優しい人じゃん」
ひなたが、少しだけ安心したように言う。
ひよりは、小さくうなずいた。
「……優しいよ」
「それで?」
「妹さんには安心するように伝えてくれって」
「……私に?」
「うん」
「佐々木先輩とのことは、自分も何とかするからって」
「……え?」
ひなたが目を丸くした。
「朝比奈先輩が?」
「うん」
「佐々木先輩とのことを?」
「うん」
「私の?」
「……うん」
ひなたは、しばらく黙った。
それから、困惑した顔で言う。
「なんで勝手に私の恋が進んでるの?」
「……」
「私、佐々木先輩のこと好きじゃないんだけど」
「知ってる」
「じゃあ、なんで?」
「あなたが先に、私のことを勝手に進めようとしたからでしょ」
ひよりの声が、少し強くなった。
「ひなたが勝手に制服を着て、学校に来て、佐々木先輩に告白したから、こうなってるの」
「……」
「私が頼んだわけじゃない」
「……うん」
「私が言ったわけでもない」
「……うん」
「でも、みんなは私がやったと思ってるし、佐々木先輩にも謝りに行くことになったし、朝比奈先輩はひなたが佐々木先輩を好きだと思ってる」
「……ごめん」
ひなたは、小さくなった。
けれど、すぐに少しだけ顔を上げる。
「でも、その朝比奈先輩も、ちょっと変じゃない?」
「……え?」
「だって、妹が勝手にやったって聞いて、なんで私が佐々木先輩を好きって話になるの?」
「……」
「しかも、お姉ちゃんが違うって言ってるのに」
「……」
「あと、私のことも気にかけておくって言ったんでしょ?」
「……言った」
「ほら。なんでそうなるの?」
ひなたは、少しだけ困った顔をする。
「最初は優しい人だなって思ったけど、なんか変だよ」
「変じゃない」
ひよりは、反射的に言っていた。
ひなたが、ぴたりと止まる。
「……」
「……」
部屋が静かになる。
ひなたは、じっとひよりを見る。
「お姉ちゃん」
「……なに」
「今、すぐ庇った」
「……」
「その人、変じゃないって」
「……別に」
「別にじゃないよ」
ひなたの目が、少しだけ細くなる。
さっきまでの軽さが消えている。
「もしかして」
「……」
「その朝比奈先輩って、お姉ちゃんの好きな人?」
「……」
ひよりは、何も言えなかった。
否定もできない。
肯定もできない。
ただ、顔だけが少しずつ熱くなる。
それだけで、ひなたには十分だった。
「……へえ」
「……なに」
「へえ」
「やめて」
「そうなんだ」
「やめてってば」
ひなたは、少しだけ楽しそうに笑った。
「だから、佐々木先輩じゃないってそんなに必死だったんだ」
「……」
「だから、佐々木先輩を好きだって思われるのも困ったんだ」
「……」
「で、その朝比奈先輩に、私のことを気にかけるとか言われたんだ」
「……」
「それは困るね」
「ひなた」
ひよりの声が低くなる。
ひなたは、すぐに口を閉じた。
「ごめん」
「……」
「でも」
「でも?」
「お姉ちゃんも、大変だね」
ひなたは、さっきより真面目な顔で言った。
「その朝比奈先輩、かなり鈍いんでしょ」
「……鈍いっていうか」
「鈍いんでしょ」
「……うん」
ひよりは、小さくうなずいた。
「優しいけど」
「うん」
「ちゃんと聞いてくれるけど」
「うん」
「全部、違う方向に受け取る」
「それ、かなり大変じゃない?」
「……大変」
ようやく、ひよりは本音をこぼした。
ひなたは、少しだけ眉を寄せる。
「でも、お姉ちゃんはその人が好きなんだ」
「……」
「そっか」
ひなたは、少しだけ考え込む。
「どういう人なの?」
「……朝比奈先輩?」
「うん」
「……優しい」
「それは分かった」
「真面目」
「それも分かった」
「ちゃんとしてる」
「それ、佐々木先輩にも言ってなかった?」
「……でも、朝比奈先輩もちゃんとしてる」
ひよりは、小さく言い返す。
ひなたは、ふっと笑いかけて。
けれど、今度は冷やかさなかった。
「そっか」
「……うん」
「じゃあ、今度から勝手なことしない」
「本当に?」
「本当に」
ひなたは、まっすぐひよりを見た。
「お姉ちゃんの好きな人、私が勝手に間違えたら、また大変なことになるもん」
「……もう、なってる」
「うん。ごめん」
ひなたは素直に頭を下げた。
「でも、何か手伝えることがあったら言って」
「……勝手に動かないなら」
「動かない。聞いてからにする」
「絶対?」
「絶対」
ひよりは、少しだけ息を吐いた。
まだ問題は何も解決していない。
佐々木先輩の誤解は終わった。
けれど、朝比奈先輩には全然伝わっていない。
しかも、なぜかひなたが佐々木先輩を好きだと思われている。
話は、むしろ変な方向へ広がっている。
「……大変だね」
ひなたが、もう一度つぶやく。
「お姉ちゃんの恋」
「……言わないで」
ひよりは小さく返した。
でも、否定はできなかった。




