いいことって、なに?
朝の部屋。
「……」
ひよりは、ゆっくりと起き上がる。
少しだけ、身体が軽い。
「……よかった」
小さくつぶやく。
制服に袖を通す。
そのとき。
「お姉ちゃん」
――ひなたが、顔を出す。
「今日さ」
「いいことあるよ」
「……は?」
「行けばわかる」
にこっと笑う。
「……なにそれ」
「楽しみにしてて」
それだけ言って、部屋を出ていく。
「……」
ひよりは、少しだけ首をかしげる。
(いいこと……?)
思い当たることは、ない。
学校。
教室に入った瞬間。
「……あ」
空気が、止まる。
視線が一斉に、集まる。
「ひより!」
クラスメイトが駆け寄ってくる。
「大丈夫!?」
「体調!」
「昨日のやつ、すごかったね!」
「え?」
ひより、固まる。
「え、覚えてないの?」
「三年に告白したやつ!」
「……は?」
言葉が、出ない。
「グラウンドでさ」
「“こういちさん、好きです!”って」
「……」
頭が、止まる。
「しかもさ」
「返事待ってもらってるって」
「……」
笑いながら話す声が。
遠くなる。
(なにそれ)
(なに言ってるの)
理解が、追いつかない。
「……ごめん」
小さく言って、席を立つ。
教室を出て廊下。
呼吸が、少しだけ浅くなる。
(なにが……)
(どうなってるの)
そのとき。
「ひより!」
声に振り向く。
仲のいいクラスメイト。
「ちょっといい?」
「……うん」
場所を移す。
人の少ない階段。
「昨日のさ」
「……あれ、妹のひなたでしょ」
「……」
ひより、止まる。
「似てたし」
「たぶんそうなんだと思う」
「……」
思考が、繋がる。
(ひまりお姉ちゃん)
(いいことあるよ)
一瞬で、繋がる。
「……」
何も言えない。
「でさ」
「相手、三年の佐々木なんだけど」
「……」
さらに、止まる。
(佐々木先輩……?)
違う、完全に違う。
「……」
一歩、後ろに下がる。
視界が、少しだけ揺れる。
(違う)
(違うのに)
でも。
(……“こういちさん”)
胸が、少しだけ痛む。
「……」
何も言えない。
ただ、その場に立っていた。
理解だけが、ゆっくりと追いついてくる。
(……最悪)
小さく。
心の中でつぶやく。




