第74話 探偵、ちょっとだけ責められる
■家庭科室
放課後。
家庭科室には、いい匂いが広がっていた。
調理台の上には、すでに何品か料理が並んでいる。
派手な料理ではない。
けれど、見た目からして普通にうまそうだった。
「……で、なんで俺が呼ばれてるわけ?」
基樹が椅子に座りながら言う。
「食べたいって言っただろ」
恒一は普通に返した。
「言ったけど」
基樹はテーブルの上を見る。
「家庭科室使用許可もらったから、丁度いいと思って」
「こんな本格的だと思ってなかった」
「そうか?」
「そうだよ」
皿に盛られた料理は、明らかにその場の勢いで作ったものではない。
味付けも、盛り付けも、妙にちゃんとしている。
「あと、彩音もいるし」
「どうも」
彩音が軽く手を振る。
「お前も来てたのかよ」
「呼ばれた」
「絶対違うだろ」
基樹が即座にツッコむ。
彩音は、まるで気にしていない顔で席についた。
「で、食べていいの?」
「いいぞ」
恒一がうなずく。
基樹は箸を取った。
少しだけ疑うような顔で口に運ぶ。
「……うま」
「だろ」
恒一は満足そうにうなずいた。
「なんでこんなうまいんだよ」
「ちゃんとしてるから」
「出たよ、それ」
基樹は軽くため息をついた。
ここ最近、恒一は何かと「ちゃんとしてる」を使う。
佐々木の件。
巴の件。
そして料理。
本人の中では全部つながっているらしい。
つながっているようで、たぶん少し違う。
彩音は普通に食べていた。
「ほんとに上手だよね」
「だろ」
恒一は嬉しそうにする。
「味付け、ちゃんとしてる」
「そこも言うのかよ」
基樹がぼそっと言う。
少しして。
「そういえばさ」
恒一が口を開いた。
「昨日の公開告白のやつ」
「ああ」
「聞いたか?」
「聞いた」
基樹は箸を止める。
「ていうか、見てた」
「あれ、やばかったらしいな」
「やばかったらしいな、じゃねえよ」
基樹がすぐにツッコむ。
「目の前にいたやつが言うな」
「まあ、いたけど」
「いたけどじゃねえ」
基樹は疲れた顔になった。
彩音は、静かに料理を食べている。
明らかに聞いているのに、黙っている。
「でさ」
恒一は真面目な顔で続ける。
「やっぱりひよりって」
「うん?」
「佐々木先輩のこと好きだったんだな」
「……は?」
基樹が止まった。
彩音の箸も、ほんの少しだけ止まった。
「いや」
恒一は普通に説明する。
「名前で呼んでたし」
「こういちさんって?」
「そう」
「だから佐々木先輩に告白したんだろ」
「……」
基樹は、一瞬考える。
この流れだけ見れば、そう見えなくもない。
こういちさんと呼んだ。
佐々木光一が出てきた。
そのまま告白した。
だが、何かが引っかかる。
「いや、でも」
「ん?」
「本当に白石だったのか?」
基樹が眉を寄せる。
「は?」
今度は恒一が止まった。
「なんで疑うんだよ」
「いや、似てたんだよ」
「なら、ひよりだろ」
「かなり似てた。けど、なんか違う気もしたっていうか」
「……」
恒一は少しだけ考える。
「そんなに似てる別人いるか?」
「それは……」
「しかも、うちの高校の制服着てただろ」
「着てたな」
「じゃあ、ひよりだろ」
恒一は当たり前のように言った。
「顔も似てて、制服も同じで、陸上部に来て、こういちさんって呼んでたんだぞ」
「……」
「それで別人って考える方が難しくないか?」
基樹は少しだけ黙った。
確かに、そう言われるとそうだった。
似ている。
制服も同じ。
グラウンドに来た。
こういちさんと呼んだ。
その条件だけなら、白石ひより本人だと考える方が自然だ。
ただ。
「でも、白石ってああいうタイプか?」
「どういう?」
「グラウンドで、みんなの前で、三年の部長に向かって、いきなり好きですって言うタイプか?」
「普段は違うだろうな」
「だろ?」
「でも」
恒一は真面目に言う。
「真剣だったんじゃないか?」
「……」
「ひよりって、普段は大人しいけどさ」
「うん」
「自分の気持ちには、たぶん真剣なんだろ」
「……まあ」
「だから、ああいう時だけ思い切った行動をしたんじゃないか?」
基樹は言葉に詰まった。
妙に筋が通っているように聞こえた。
ひよりは普段、控えめだ。
人前で目立つタイプではない。
だが、自分の気持ちを伝えるために、一度だけ思い切った。
そう考えれば、完全におかしいとも言えない。
問題は、その相手が佐々木だったことだ。
「でも、昨日は白石、休みだっただろ」
「体調悪かったんだろ?」
「ああ」
「だから、授業は休んだけど、放課後に来たんじゃないか?」
「……」
「それだけ伝えたかったってことだろ」
恒一は、納得した顔でうなずく。
「真剣な気持ちだったんだな」
「いや、待て」
基樹が額に手を当てる。
「待て待て待て」
「なんだよ」
「それ、だいぶ無理ないか?」
「そうか?」
「体調悪くて学校休んだ一年が、放課後に制服で来て、グラウンドで公開告白だぞ」
「真剣だったんだろ」
「真剣で全部通すな!」
基樹がツッコむ。
恒一は首をかしげた。
「でも、似てたんだろ」
「似てた」
「制服も同じだったんだろ」
「同じだった」
「こういちさんって呼んだんだろ」
「呼んだ」
「じゃあ、ひよりだろ」
「お前、単純すぎるだろ!」
「基樹が疑いすぎなんじゃないか?」
「俺が責められる流れなのかよ!」
基樹が思わず声を上げた。
その横で、彩音が静かに料理を食べている。
けれど、口元がほんの少しだけ上がっていた。
(恒一は、あれをひよりだと思ってる)
(基樹は、違和感に気づいてる)
(でも、決め手がない)
(いいね)
彩音は、完全に楽しんでいた。
「……おい」
基樹が彩音を見る。
「なに?」
「お前、なんか知ってるだろ」
「何の話?」
彩音はとぼける。
「とぼけんな」
「とぼけてないよ」
「絶対知ってる顔してる」
「してないよ」
「してる」
「してない」
軽い押し問答。
基樹は、じっと彩音を見る。
「いや、絶対なんかあるだろ」
「ないって」
「じゃあ、なんでそんな落ち着いてんだよ」
「いつもこんなもんでしょ」
「それが怪しいんだよ!」
基樹がツッコむ。
さらに、少しだけ声を低くした。
「ていうか、お前さ」
「うん?」
「もし何か気づいてるなら、止めろよ」
「何を?」
「この変な流れをだよ!」
基樹はテーブルを指さす。
「こういち違いだの、白石っぽい子だの、佐々木先輩への告白だの、絶対なんか混ざってるだろ」
「混ざってるかもね」
「認めるな!」
「でも、まだ確定じゃないし」
「確定するまで観察する気かよ」
「うん」
「探偵か!」
「探偵じゃないよ」
「じゃあ何だよ」
「観察者?」
「もっとタチ悪いわ!」
基樹は頭を抱える。
「お前、分かってて黙ってるだろ」
「分かってるとは言ってないよ」
「その言い方がもう分かってるやつなんだよ!」
彩音は、楽しそうに笑った。
一方の恒一は。
「……?」
完全に会話についていけていなかった。
「まあいいけど」
「よくねえよ」
「どっちにしろ」
恒一は真面目な顔で言う。
「ひよりが真剣だったのは分かった」
「分かってねえかもしれないだろ!」
「でも告白してたし」
「そこから怪しいって話をしてるんだよ!」
「あと」
「まだあるのかよ」
「佐々木先輩がちゃんとしてる人なのも分かった」
「話戻すな!」
基樹がまた即座にツッコんだ。
「いや、大事だろ」
「大事かもしれないけど、今そこじゃねえ!」
「でも佐々木先輩はちゃんとしてるし」
「それは分かる」
「だから告白された」
「たぶん話が違う!」
基樹は頭を抱えた。
彩音は、その横で楽しそうに料理を食べている。
「探偵みたいな顔してるくせに、何も言わねえし」
「探偵じゃないよ」
「じゃあなんだよ」
「観察者?」
「もっとタチ悪いわ!」
家庭科室に、基樹のツッコミが響いた。
恒一は、ひよりが真剣だったのだと納得している。
基樹は、似ているけれど何か違うという違和感を捨てきれない。
彩音は、答えに近い場所で黙っている。
料理はうまい。
けれど、話は確実にややこしくなっていた。




