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恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
すれ違い編

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第73話 なんか違う方向に進んでない?

■二年B組教室


 昼休み。


 二年B組の教室は、いつもより少し騒がしかった。


「聞いた?」


「昨日のやつ?」


「公開告白」


「三年にだよね」


「しかも陸上部の」


 ざわざわと、話題はそればかり。


 一方の巴は。


「……」


 黙って、弁当をつついていた。


 いつも通りに見える。


 背筋も伸びている。


 箸の動きも乱れていない。


 けれど、内心では少しだけ落ち着かない。


 昨日のことが、まだ頭の隅に残っていた。


『俺のこと、どう思ってる?』


「……」


 思い出しかけて、巴は小さく息を吐いた。


 普通。


 普通は普通。


 そう答えた。


 それで終わったはずだった。


「巴、知ってる?」


 隣の友人が、身を乗り出してくる。


「昨日さ、グラウンドで」


「一年っぽい子がいきなり――」


「“こういちさん、好きです!”って」


「……」


 巴の箸が止まった。


「で、三年の佐々木先輩に告白してさ」


「え?」


 思わず顔を上げる。


「佐々木?」


「そうそう」


「なんか、名前だけで呼んだっぽくて」


「こういちさんって言ったら、佐々木先輩が呼ばれたらしいよ」


「……」


 巴は一瞬、考える。


(名前だけ……)


 引っかかる。


 陸上部に、こういちは二人いる。


 佐々木光一。


 朝比奈恒一。


 その名前だけで呼んだなら、間違えることはある。


 実際、最近ずっと、その手の間違いが起きている。


「しかもさ」


「うん」


「返事待ってもらうことになったらしいよ」


「……は?」


 思わず漏れた。


「え、なにその反応」


「いや……別に」


 巴は目を逸らす。


「なんかさ」


「うん」


「積極的だよね、最近の子」


「……そうだね」


 小さく答える。


 友人たちは、まだ楽しそうに話している。


「相手、けっこう可愛い子だったらしいよ」


「一年っぽいって」


「白石さんに似てたって言ってる人もいた」


「白石?」


 巴の眉が、わずかに動く。


「陸上部の一年の子、あっ!巴も陸上部だよね」


「ああ」


 巴は、ひよりの顔を思い出す。


 小柄で、真面目で。


 恒一を見る時だけ、少し分かりやすくなる一年生。


(……もしかして)


 一瞬、よぎる。


(ひよりって……)


 そこで止まる。


(……いや)


 巴は、心の中で首を振った。


(違うでしょ)


(だって、あの子は――)


 そこまで考えて。


 言葉が出てこない。


 確証はない。


 ただ、引っかかる。


 こういち。


 陸上部。


 一年っぽい子。


 白石に似ていたという話。


 そして、佐々木に向かった告白。


 全部が、少しずつ違う方向を向いている。


「……」


(私の思い違い?)


 小さく、心の中でつぶやく。


(……わかんない)


 結論は出ない。

 ただ少しだけ、落ち着かない。


 その時。


「真田」


 教室の入口の方から声がした。


 巴が振り向く。


 そこに恒一が立っていた。


「……なに?」


「ちょっといいか?」


「……いいけど」


 巴は弁当を置いて、席を立つ。


■二年B組前・廊下


 教室の外に出ると、昼休みの廊下はそれなりに騒がしかった。


 恒一は、いつも通り真面目な顔をしている。


 その顔を見ると、巴は昨日のことを思い出しそうになる。


 だから、先に口を開いた。


「で、何?」


「昨日さ」


「……うん」


「また告白あったらしいな」


「……らしいね」


 巴は淡々と返す。


「最近多いな」


「……そうだね」


 会話が、少しだけズレる。


 巴は一瞬、恒一を見る。


 この人は、昨日の告白をどう受け取っているのだろう。


 佐々木への告白だと思っているのか。


 こういち違いに気づいているのか。


 それとも、何も気づいていないのか。


「佐々木先輩も大変だな」


「……」


「ちゃんとしてる人って、やっぱりモテるんだな」


「……は?」


 巴が止まる。


「いや」


 恒一は真面目に続ける。


「ちゃんとしてるって大事だなって」


「……」


 巴の視線が揺れる。


(それ、誰の話)


 聞きたくなる。


 佐々木の話なのか。


 それとも、自分の話なのか。


 あるいは、昨日の自分との会話とつながっているのか。


 けれど、聞けない。


 聞いたら、また変な方向に進みそうな気がした。


「……そうだね」


 巴は、それ以上は言わなかった。


 恒一は、少し考えてからうなずく。


「やっぱりそうだよな」


「……何が?」


「いや、ちゃんとしてる人はちゃんと見られてるんだなって」


「……」


「俺も気をつけようと思って」


「何を?」


「誤解される行動」


「……」


 巴は少しだけ目を細める。


 昨日、佐々木から何か言われたのだろう。


 何か学んだような顔をしている。


 ただ、その学び方が正しいかどうかは分からない。


「朝比奈」


「ん?」


「たぶんだけど」


「うん」


「気をつける方向、少し違うと思う」


「そうか?」


「そう」


 巴は言い切った。


 恒一は少しだけ考える。


「じゃあ、何に気をつければいい?」


「……」


 巴は詰まった。


 それを聞かれると困る。


 具体的に説明しようとすると、昨日の会話に戻る気がする。


 自分が普通と答えたことにも戻る気がする。


「……知らない」


「知らないのか」


「知らない」


 巴は少し強めに言った。


 恒一は、素直にうなずく。


「そっか」


「……」


 本当に納得している顔だった。


 巴は、余計に落ち着かなくなる。


■二年A組教室


 一方、少し離れた二年A組では。


 彩音が、窓際から廊下の様子を見ていた。


(混ざってきた)


(いいね)


 口元が上がる。


 こういち違い。


 佐々木への公開告白。


 ひよりに似た一年生。


 巴の中の引っかかり。


 そして、何も分かっていない恒一。


 材料がどんどん増えている。


 基樹が隣でため息をついた。


「……お前、また楽しそうだな」


「うん」


「否定しろよ」


「これは無理かな」


「無理じゃねえよ」


 基樹は疲れた顔をする。


「これ、なんか違う方向に進んでないか?」


「進んでるね」


「止めろよ」


「今から?」


「今からでもだよ」


「もう混ざってるよ」


「だから止めろって言ってんだよ!」


 彩音は、くすっと笑った。


■二年B組前・廊下


 廊下では、恒一と巴の会話が終わりかけていた。


「じゃあ、またあとで」


「……うん」


 恒一は、いつも通りの顔で去っていく。


 巴は、その背中を見送った。


「……」


 何も分からない。


 佐々木への告白の話も。


 ひよりに似た子の話も。


 恒一が昨日、自分に聞いてきたことも。


 全部、別々の話のはずなのに。


 なぜか、少しずつ絡まっている気がする。


(……なんで)


 巴は小さく息を吐く。


(なんで、こうなるの)


 答えは出ない。


 ただ、昼休みの空気は、いつも通りのはずなのに。


 少しだけ違っていた。


■白石家・ひよりの部屋


 その頃。


 ひよりは、まだ自宅で休んでいた。


 何も知らずに。


 ベッドの中で、浅く息をしている。


 机の上には、書きかけのメモが残っている。


『こういちさんへ』


 その文字だけが、静かに置かれていた。

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