なんでもないはずなのに
夜、自室。
机に向かっている。
ペンを持って。
ノートを開いて。
――止まっている。
「……」
一行も進まない。
(なんなのあれ)
「俺のことどう思ってる?」
「……は?」
巴は思い出して、顔をしかめる。
ベッドに倒れ込む。
「意味わかんないんだけど……」
顔を枕に押し付ける。
(なんであのタイミングで)
(なんであんな顔で)
思い出す。
真面目な顔。
迷いのない目。
「……」
(……普通って言ったし)
小さくうなずく。
(別に何も変わってないし)
言い聞かせる。
でも。
「……」
寝返りを打つ。
そのとき。
「――何してんの?」
ドアの方から声。
「っ!?」
跳ね起きると、前田千夜がいた。
「……ノックしろ」
「したけど?」
「してない」
「した」
静かな押し問答。
千夜は、部屋を見回す。
「で?」
「何その状態」
「普通だけど」
「普通じゃない」
「ノート真っ白」
「……」
「さっきからゴロゴロしてる」
「……してない」
「してた」
逃げ場がない。
「……何かあった?」
千夜が、少しだけ柔らかく聞く。
「別に?」
「“別に”の顔じゃない」
「……」
少しだけ、黙る。
「……なんでもない」
「なんでもあるでしょ」
ため息。
「で?誰?」
「は?」
「原因」
「……なんで人って決めつけてんの」
「今の反応で確定」
「……」
言葉に詰まる。
「で?」
「何言われたの」
「……」
「……どう思ってるかって」
「誰に?」
「……あいつに」
「どいつ」
「……朝比奈」
一瞬で千夜、固まる。
「……は?」
「いや別に」
「なんか急に聞かれて」
「なんで?」
「知らない」
「……」
千夜、少しだけ天を仰ぐ。
「で、何て答えたの」
「普通って言った」
「……」
「普通?」
「普通は普通でしょ」
「いやそれ一番ダメなやつ」
「なんで!?」
即反応。
「相手一番困るやつそれ」
「知らないし」
「考えろ」
冷静なツッコミ。
「で?」
「それで悩んでるの?」
「悩んでない」
「悩んでるでしょ」
「悩んでない」
「悩んでる」
繰り返し。
「……」
沈黙。
千夜、少しだけ笑う。
「まあいいけど」
「……なに」
「ちょっと面白い」
「面白くない」
「面白い」
断言。
巴、顔を背ける。
「……めんどくさ」
小さくつぶやく。
その横で。
千夜は、少しだけ優しい顔で見ていた。
「……で?」
「どうすんの?」
「……知らない」
答えは出ない。
でも、さっきよりは。
少しだけ落ち着いていた。




