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恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
すれ違い編

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第70話 直球で聞いてみた

■校舎裏


 放課後の校舎裏。


 恒一は、ひとりで少し考えていた。


 佐々木先輩には、ちゃんと確認できた。


 誤解される行動が多いらしい。


 言葉の選び方にも気をつけた方がいいらしい。


 確認相手は選べ、とも言われた。


(……でも)


 彩音の言っていたことも、間違ってはいない気がする。


 曖昧にするからズレる。


 なら、はっきり聞いた方がいい。


 佐々木先輩の件は、それで少し分かった。


 なら、巴のことも同じだ。


(よし)


 恒一は顔を上げた。


 少し離れた場所に、巴がいた。


 部活前なのか、いつものように背筋が伸びている。周囲より頭一つ抜ける長身。


 ただ立っているだけなのに、姿勢の良さで空気が少し締まって見える。


「真田」


「……なに?」


 巴が振り向く。


 その声は、いつも通りに聞こえた。


 けれど、ほんの少しだけ間があった。


「ちょっといい?」


「……いいけど」


 巴が一歩近づく。


 恒一も、まっすぐ向き合った。


 ちゃんと聞く。


 直球で、曖昧にしない。


 そう決めていた。


「俺のこと、どう思ってる?」


「……は?」


 巴が完全に止まった。


 風が止まったような気がした。


「いや」


 恒一は真面目な顔で続ける。


「ちゃんと聞いた方がいいかなって」


「なんで!?」


 巴が食い気味に返した。


「曖昧だとズレるから」


「誰に言われたの、それ!」


「彩音」


「……」


 一瞬の沈黙。


 巴の表情が、すっと冷えた。


「……あいつ」


 低い声だった。


 少し離れた校舎の角。


 彩音が、そっと様子を見ていた。


(来た)


(本当に聞いた)


(すごい)


(本当に直球で行った)


 彩音は、口元を押さえた。

 笑いそうになるのをこらえている。


 その隣で、基樹が遠い目をしていた。


「……最悪だ」


「まだ何も起きてないよ」


「起きてるだろ。今、完全に起きてるだろ」


 小声でツッコむ。


 その間にも、恒一と巴の会話は続いていた。


「で?」


 巴が恒一を見る。


 少し睨んでいる。


「なんで今それ聞くの?」


「いや、普通に気になるだろ」


「ならないでしょ!」


 即否定。


「そうか?」


「そうだよ!」


 巴は一度、息を吸った。


 落ち着こうとしている。


 ただ、耳が少し赤い。


「だいたい、急にそんなこと聞かれて、普通に答えられるわけないでしょ」


「でも、聞かないと分からないし」


「聞き方があるでしょ!」


「基樹にも似たようなこと言われた」


「なら聞き方考えてから来なさいよ!」


「……なるほど」


 恒一はうなずいた。


 その顔は、妙に納得している。


 巴はさらに困った顔になった。


「で、どう思ってる?」


「まだ聞くの!?」


「いや、聞いてるだけだけど」


「それが困るんだって!」


 テンポが崩れている。


 巴は、いつもより明らかに調子が乱れていた。


 一瞬だけ、目が合う。


「……別に」


 巴は視線を逸らした。


「普通」


「普通?」


「普通は普通でしょ!」


「……なるほど」


 恒一は、深くうなずいた。


(普通か)


 普通。


 つまり、嫌われてはいない。


 少なくとも、変に距離を取られているわけではない。


 たぶん大丈夫。


 恒一の中では、だいたいそういう結論になった。


「じゃあ、いいや」


「よくないでしょ!」


 巴が即座にツッコむ。


「え?」


「聞くだけ聞いて、普通って言われたら納得して帰るの!?」


「だめか?」


「だめっていうか、意味が分からない!」


 巴は顔を背けた。


「……ほんと、意味わかんない」


 小さくつぶやく。


 ただ、その声は怒っているというより、困っている方に近かった。


 恒一は少し考える。


「でも、普通ならよかった」


「……」


 巴が、ちらっと恒一を見る。


「何がよかったの」


「いや、最近ちょっといつもと違う気がしたから」


「……」


「何か怒らせたのかなって思って」


 巴は、一瞬だけ言葉に詰まった。


 そして、視線を逸らす。


「別に」


「そっか」


「……別に、怒ってない」


「ならよかった」


 恒一は素直にうなずいた。


 その様子を見て、巴はまた少しだけ困った顔をする。


「……そういうところ」


「ん?」


「なんでもない」


 巴は、ぷいっと顔を背けた。


 校舎の角。


 彩音は、満足そうに小さく笑っていた。


(完璧)


(これは長引くね)


(普通、で終わるわけないもん)


 その横で、基樹は頭を抱えていた。


「最悪だ……」


「でも、ちゃんと聞けたよ?」


「聞き方が最悪なんだよ」


「直球でいいって言ったし」


「お前が言ったんだろ!」


「うん」


「うんじゃねえよ!」


 基樹の小声のツッコミが、むなしく校舎裏に消える。


 一方、恒一は満足していた。


(ちゃんと聞けたな)


 巴は普通と言った。


 怒っていないとも言った。


 なら、大丈夫。


 少しだけ前に進んだ。


 そう思っている。


 問題は。


 巴の中では、何も大丈夫ではなかったこと。


 彩音の中では、かなり面白い展開になったこと。


 基樹の中では、もう手遅れに見えていたこと。


 そして。


 恒一だけが、それに気づいていなかったことだった。

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