第69話 確認相手は選べ
■グラウンド
放課後のグラウンド。
練習の合間。
恒一は、少し離れた場所にいる佐々木を見た。
(……よし)
ちゃんと聞く。
彩音にもそう言われた。
中途半端にするからズレる。
それなら、もう一度きちんと確認した方がいい。
「佐々木先輩」
「……朝比奈」
佐々木が振り向く。
その瞬間、少しだけ構えた。
目に見えて逃げるほどではない。
けれど、足の位置がわずかに変わる。
いつでも一歩引けるような立ち方だった。
「この前の件なんですけど」
「……ああ」
佐々木の声が、少しだけ硬くなる。
「“どういうつもりですか”って聞いていいですか?」
「もう聞いてるだろ、それは」
「もう一回ちゃんと」
「なんでだよ」
佐々木が即座にツッコんだ。
だが、逃げはしなかった。
部長として、後輩の相談を無視するわけにもいかない。
それに、誤解を残したままにするのもよくない。
「……いい」
佐々木は、小さく息を吐いた。
「俺としては」
「はい」
「後輩との距離は、慎重に考えるべきだと思っていた」
「なるほど」
恒一は即納得した。
「だから距離を?」
「ああ」
「やっぱり、誠実だからですね」
「……」
佐々木の眉が、わずかに動いた。
「そういう言い方をするな」
「え?」
「また変な方向に聞こえる」
「そうですか?」
「そうだ」
佐々木は、疲れた顔で言い切った。
「俺は、部長として後輩との距離を考えただけだ」
「なるほど」
「それ以上でも以下でもない」
「分かりました」
恒一は素直にうなずく。
ただ、その顔は妙に納得しすぎていた。
「……本当に分かってるか?」
「はい」
「今の間は何だ」
「佐々木先輩みたいに、真剣な気持ちをちゃんと考えてくれる人は尊敬してます、って言った方がいいかなと思って」
「言うな」
「え?」
「言うな!」
二回言った。
恒一は少しだけ首をかしげる。
「でも、そこはちゃんと伝えた方がいいって」
「誰に言われた」
「彩音に」
「……」
佐々木は、一瞬だけ空を見る。
「一ノ瀬か」
「はい」
「……なるほどな」
何かを察したような声だった。
「朝比奈」
「はい」
「その助言は、半分くらい聞き流せ」
「半分ですか」
「できれば七割くらい流せ」
「結構ですね」
「結構だ」
佐々木は、はっきり言った。
「あと、昨日も言ったが」
「はい」
「お前は、誤解される行動が多い」
「……」
恒一は少し考える。
「例えば?」
「手紙を仲介するな」
「……」
「宛名のない手紙を、差出人も言わずに渡すな」
「はい」
「“真剣な気持ちです、ぜひ読んでください”みたいな渡し方をするな」
「はい」
「あと」
「はい」
「“ちゃんとしてる人ってすごい”とか、“そういう人が好き”とか、不用意に言うな」
「……」
恒一は、深くうなずいた。
「なるほど」
「本当に分かったか?」
「気をつけます」
「……頼む」
佐々木は、疲れた顔で言う。
それでも、少しだけ表情は戻っていた。
少なくとも、昨日よりは話しやすい空気になっている。
恒一は、それを見て小さく納得した。
(やっぱり、ちゃんと聞いてよかったな)
誤解は少し解けた。
佐々木先輩が距離を取っていた理由も分かった。
不用意な言葉にも気をつけた方がいい。
つまり、前進である。
恒一の中では、そういう結論になった。
一方の佐々木は、別のことを考えていた。
(こいつ、自覚ないのが一番怖い)
悪気がない。
たぶん、本当にない。
だからこそ、怖い。
手紙の件も。
昨日の部室の件も。
今日の言葉も。
全部、真面目にやっている。
佐々木は、もう一度小さく息を吐いた。
「朝比奈」
「はい」
「とりあえず、次からは何かする前に、誰かに確認しろ」
「分かりました」
「確認相手は選べ」
「……」
恒一は、少し考える。
「彩音は?」
「場合による」
「基樹は?」
「そっちの方がまだ安全だ」
「なるほど」
恒一はうなずいた。
少し離れた場所。
基樹と彩音が、こちらを見ていた。
「……なんか言われてるな」
基樹がつぶやく。
「言われてるね」
彩音が楽しそうに答える。
「お前のせいだろ」
「えー」
「えーじゃねえ」
基樹はため息をついた。
グラウンドに風が吹く。
恒一は、今日も一つ学んだ気になっていた。
佐々木は、今日も一つ不安を増やした気がしていた。
話は、少しだけ進んだ。
ただし。
進んだ方向が正しいかどうかは、まだ誰にも分からなかった。




