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恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
すれ違い編

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第68話 頼れるやつに相談してみた

■二年A組教室


 放課後。


 教室の中は、少しずつ人が減っていた。


 恒一は、自分の席で腕を組んでいた。


(……どうするかな)


 悩みは、いくつかある。


 佐々木先輩のこと。


 昨日、部室で話した。


 誤解は解けた。


 はずだった。


 けれど、まだ微妙に距離がある気がする。


 それから、巴のこと。


 普通に見える。


 普通に話している。


 でも、なんとなく、いつもと少し違う気もする。


(……こういう時は)


 恒一は少し考える。


(頼りになるやつに相談すれば、たぶん何とかなる)


 基樹も頼りにはなる。

 ただ、基樹はたぶん止める。


 彩音は、人の様子をよく見ている。


 軽いことを言う時もあるが、意外と核心をつく。


(よし)


 恒一は立ち上がった。


「彩音」


「ん?」


 彩音が顔を上げる。


「ちょっと相談があるんだけど」


「へえ」


 彩音の目が、ほんの少しだけ動いた。


「いいよ」


「校舎裏でいいか?」


「うん」


 彩音は、すぐにうなずいた。


 恒一は、それを見て少し安心する。


(やっぱり頼りになるな)


 そう思いながら、教室を出た。


 その少し後。


 基樹が、顔を上げた。


「……」


 恒一と彩音が二人で出ていった。


 場所は、校舎裏。


 相談。


 その組み合わせに、嫌な予感しかしない。


(……これ、絶対なんかあるやつだろ)


 基樹は小さく息を吐く。


 そして、少し遅れて立ち上がった。


■校舎裏


 放課後の校舎裏。


 人通りは少ない。


 誰かに聞かれにくい場所を選んだつもりだった。


「……なあ」


 恒一が声をかける。


 彩音が顔を上げた。


「どうしたの」


「ちょっと相談があって」


 その瞬間。


 彩音の目が、ほんの少しだけ細くなった。


(来た)


(来た来た来た)


 表情は変えない。


 けれど、心の中では、完全に前のめりになっていた。


(ついに来たよ)


(恒一が、私に)


(しかも直接)


(しかも、二人で校舎裏)


(相談)


 これは面白い。


 絶対に面白くなる。


 彩音は、そう思った。


 もちろん、顔には出さない。


 少しだけ首をかしげて、いつも通りの声で返す。


「いいよ」


 軽くうなずく。


「で?」


「佐々木先輩のことなんだけど」


「うん」


「この前の件、ちゃんと話したじゃん」


「うん」


「でもさ」


「うん」


「なんか、まだ微妙に距離ある気がして」


「……あるね」


 彩音は即答した。


「やっぱりあるか」


「あるよ」


「あと」


「うん」


「真田も、普通なんだけど」


「うん」


「なんか、ちょっといつもと違うっていうか」


「うん」


 彩音は、さらにうなずく。


 内心では、もうかなり楽しくなっていた。


(佐々木先輩も)


(巴も)


(まとめて来た)


(これはいい、いいぞ)


 どうしよう。


 どう返そう。


 どう転がせば、一番面白くなるだろう。


 そんなことを考えながら、彩音は真面目そうな顔を作る。


「それでさ」


「うん」


「ちゃんとしたほうがいいかなって思って」


「何を?」


「佐々木先輩には、もう一回ちゃんと説明して」


「うん」


「真田にも、ちゃんと話したほうがいいのかなって」


「……」


 彩音は、少しだけ考えるふりをした。


 本当はもう、答えは出ている。


(踏み込ませよう)


(絶対そっちの方が面白い)


(中途半端に迷ってるより、直球で行った方が動く)


 ただし、それをそのまま言うわけにはいかない。


 あくまで、相談に乗っている顔をする。


「簡単だよ」


「え?」


「もっと踏み込めばいい」


「踏み込む?」


「うん」


 彩音は、さらっと言った。


「中途半端だから変になるんだよ、きっと」


「……なるほど」


 恒一は、すぐに納得しかける。


 彩音の言うことには、妙な説得力があった。


 それに、彩音は人の様子をよく見ている。


 基樹より軽く言うことはあるが、見ているところは見ている。


(やっぱり彩音はすごいな)


(ちゃんと考えてる)


(俺のことも)


 恒一は、自然にそう思っていた。


 少なくとも、彩音は自分の次くらいには、人の機微が分かっている。


 疑いはない。


「佐々木先輩には?」


「“昨日の件、本当にどう受け取ってますか?”って直接聞けばいい」


「……うん」


「それで、誤解が残ってるなら、ちゃんと解けばいい」


「なるほど」


「あと、言葉を濁すから変になるんだよ」


「そうか」


「“佐々木先輩みたいに、真剣な気持ちをちゃんと考えてくれる人は尊敬してます”って」


「……」


「そこまでちゃんと言えばいいんじゃない?」


 その時。


「やめとけ」


 横から声がした。


 恒一と彩音が、そちらを見る。


 校舎の角から、基樹が出てきた。


「……基樹?」


「なんでいるの?」


 彩音が、少しだけ不満そうに言う。


「こういうことになりそうだと思ったからだよ」


 基樹は疲れた顔で答えた。


「予感が当たった」


「失礼だなあ」


「失礼じゃねえよ。今の助言、完全にダメなやつだろ」


「どこが?」


「全部だよ!」


 基樹は即答した。


「佐々木先輩には、これ以上踏み込むな」


「でも誤解が残ってるかもしれないし」


「残ってても触るな!」


「真田には?」


「もっとダメだ!」


 基樹は、はっきり言い切った。


「“俺のことどう思ってる?”なんて聞いたら、変な空気になるに決まってんだろ」


「でも、聞かないと分からないし」


「聞き方があるだろ!」


「じゃあ、どう聞くの?」


「……」


 基樹は詰まった。


 そこを彩音は見逃さない。


「ほら」


「ほらじゃねえよ!」


 さらに、基樹は彩音を指さした。


「ていうかお前」


「何?」


「信頼されてるの自覚しろよ!」


「してるよ?」


「してるなら余計タチ悪いからな、それ!」


 言い切る。


 だが、その言葉は、恒一の頭にはほとんど入っていなかった。


 そのころの恒一。


(直接聞く、か)


(たしかに、そのほうが早いな)


 うなずく。


(ちゃんとしたほうがいい)


(さすが彩音)


 心の中で、すでに決意しかけている。


 佐々木先輩には、もう一度ちゃんと確認する。


 誤解が残っているなら、きちんと言葉にする。


 巴には、普通なのか、少し違うのか、ちゃんと聞く。


 たしかに、曖昧にしているからズレるのかもしれない。


「真田には?」


 恒一が改めて聞く。


「“俺のことどう思ってる?”って聞けばいい」


 彩音が即答する。


「だからやめろって!」


 基樹がすぐにツッコむ。


「直球の方がいいよ」


「直球すぎるんだよ!」


「曖昧にするからズレるんだし」


「お前がズラしてんだよ!」


「私は助言してるだけだよ」


「助言の形をした燃料だろ!」


 基樹の声が校舎裏に響いた。


 彩音は楽しそうに笑う。


 恒一は、そのやり取りを聞きながらも、どこか納得していた。


 彩音は踏み込めと言う。


 基樹は止めろと言う。


 どちらも、自分のことを考えてくれている。


 なら、きっと間を取ればいい。


 そう思った。


 ただ、その間がどこなのかは、まだ分かっていない。


「ありがとう」


 恒一が言う。


「うん」


 彩音は、にこっと笑った。


 その笑顔は、ちゃんと相談に乗った友人の顔だった。


 ただし、内心は違う。


(どうなるかな)


(佐々木先輩はまた身構えるかな)


(巴はどう返すかな)


(恒一はどこまで分からないまま行くかな)


 少しだけ。


 いや、かなり楽しそうに。


 彩音は、次を待っていた。


 その横で、基樹がぼそっと言う。


「終わったな……」


「まだ始まってないよ」


「始まったら終わるんだよ」


 基樹は頭を抱えた。


 恒一は、もう前を向いていた。


(よし)


(ちゃんと聞こう)


 風が吹く。


 次の問題は、確実にトラブルが大きくなる方向で決まった。


 そして今回は。


 かなりの割合で、彩音のせいだった。

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