第66話 なんか最近、空気よくない?
■二年A組教室
昼休み。
「……なんかさ」
恒一が顔を上げた。
基樹と彩音が見る。
「最近、空気よくない?」
「どこがだよ!」
基樹が即座にツッコんだ。
「いや、なんか」
「なんか?」
「みんな落ち着いてるっていうか」
「……」
基樹は黙った。
そして、じっと恒一を見る。
「お前、今の状況でそれ言ってんの?」
「言ってる」
迷いがない。
「佐々木先輩も普通に戻ったし」
「普通に“戻した”んだよ、あれは」
「そうか?」
「そうだよ!」
噛み合わない。
昨日、恒一は部室で佐々木と話した。
手紙の誤解は、ひとまず解けた。
宛名のない手紙を渡す時は誰宛か確認する。
真剣な気持ちです、ぜひ読んでください、みたいな渡し方はしない。
そこまでは、確かに話がまとまった。
ただし。
最後に恒一が余計なことを言ったせいで、佐々木の中には別の疑惑が残っている。
それを、恒一だけが分かっていない。
「でもさ」
彩音が、くすっと笑った。
「恒一的には“解決した”んでしょ」
「した」
恒一は自信を持って答えた。
「ちゃんと話したし」
「……まあな」
基樹は、少しだけ納得しかける。
ちゃんと話した。
そこだけは間違っていない。
問題は、話した結果、別の方向に火種が残ったことだ。
「あと」
恒一は続ける。
「真田も普通だったし」
「……」
彩音の眉が、少しだけ動いた。
「普通、ねえ」
「普通だろ」
「うん」
彩音は軽く流す。
■廊下
二年A組の前の廊下。
巴が友人と話していた。
「――でさ」
友人の言葉に、巴が小さく笑う。
背が高い。
廊下に立っているだけで、周囲より頭一つ抜けている。
けれど、その立ち方は不思議と落ち着いていて、邪魔な圧にはならない。
いつも通り。
そう見える。
ふと、巴が教室の中を見る。
一瞬、恒一と目が合いそうになった。
その前に、巴は視線を逸らした。
(……別に)
何もなかったように、友人との会話へ戻る。
■二年A組教室
恒一は、それを見て少しだけうなずいた。
(やっぱり普通だな)
完全に納得している。
「……で?」
基樹が話を戻す。
「ほんとに何もないと思ってんのか?」
「思ってる」
恒一は迷わず答えた。
「お前さあ」
基樹はため息をついた。
「たまに怖いわ」
「なんでだよ」
「なんでもだよ」
雑な返し。
基樹は小さく言う。
「……とりあえずさ」
「ん?」
「“分かった気がする”のやめようか!」
「なんでだよ」
「だいたい外してるからだよ」
「外してないだろ」
「外してるって」
基樹は言い切った。
恒一は少し不満そうな顔をする。
その横で、彩音がくすっと笑った。
「いやでも」
「なんだよ」
「恒一ってさ」
彩音は楽しそうに言う。
「結構、機微分かるタイプだよ」
「は?」
基樹が固まる。
「どこがだよ」
「いや、なんとなく」
彩音はさらっと言う。
「雰囲気とか、ちゃんと見てるし」
「見てねえだろ」
即否定。
「見てるよ」
「見てるならこうなってねえよ」
「見えてる場所が変なんだよ」
「それは見えてないって言うんだよ」
基樹はまた疲れた顔になった。
恒一は、少しだけ考える。
そして。
「……さすが彩音だな」
納得した。
「分かってるな!」
「お前が一番分かってねえよ」
基樹が即ツッコむ。
彩音は、ただ笑っていた。
(ほんとにね)
小さく、心の中でつぶやく。
恒一は確かに、何も見ていないわけではない。
佐々木が真面目な人だということも。
巴が責任感のある人だということも。
誰かが何かを抱えていることも。
たぶん、どこかでは見ている。
ただ。
見えたものを、全部違う方向に並べてしまう。
だから面白い。
だから、危ない。
教室は、今日も平和だった。
少なくとも、表面上は。




