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恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
すれ違い編

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62/191

第62話 真剣な気持ちです

■グラウンド


「佐々木先輩!」


 恒一が駆け寄る。


「ん?」


 佐々木が振り向く。


 恒一は、その手に封筒を差し出した。


「これ」


「……なんだ?」


「手紙です」


「手紙?」


 佐々木が封筒を見る。


 白い封筒。


 宛名はない。


 ただ、丁寧に封をされている。


「誰から?」


「大事な手紙です」


「……答えになってないぞ」


「真剣な気持ちです」


「真剣な気持ち?」


「はい!」


 恒一は、真面目な顔でうなずく。


「ぜひ読んでください」


「……」


 佐々木は、少しだけ戸惑った顔をした。


 宛名のない封筒。


 差出人を言わない恒一。


 真剣な気持ち。


 ぜひ読んでください。


 その組み合わせは、かなり妙だった。


「……朝比奈」


「はい」


「これは、俺が読んでいいものなのか?」


「はい」


 恒一は迷わずうなずく。


「間違いなく届けますって言ったので」


「届けます……?」


「はい」


「……そうか」


 佐々木は、さらに分からなくなった顔で封筒を受け取る。


 そのまま、開けた。


 中の便箋に目を通す。


 視線が止まる。


 数秒。


 空気が止まった。


 便箋には、丁寧な文字が並んでいた。


 けれど、宛名はなかった。


 誰へ向けた言葉なのか。


 はっきりとは書かれていない。


 ただ、好きだという気持ちだけが、真っ直ぐに書かれていた。


 佐々木は、ゆっくりと顔を上げる。


「……朝比奈!」


「はい」


 恒一が姿勢を正す。


「こういう形で来るとは思わなかった」


「……?」


 意味が分からない。


 恒一は首をかしげる。


「だが」


 佐々木は、手紙を軽く持ち直した。


「その気持ちは、受け取った」


「……はあ」


 さらに意味が分からない。


「ただ、俺は――」


 佐々木は、一瞬だけ言葉を切る。


 真面目な顔だった。


「軽い気持ちで返すつもりはない」


「……?」


 完全に話が合っていない。


 恒一は、ただ手紙を届けただけのつもりだった。


 佐々木は、何かを受け止めた顔をしている。


 その間にあるはずの説明が、きれいに抜け落ちていた。


「……すまん」


「え?」


「少し、時間をくれ」


「……?」


 佐々木は、それ以上何も言わなかった。


 手紙を持ったまま、ゆっくりと距離を取る。


 そして、そのまま背を向けて走り去っていった。


「……」


 恒一は、グラウンドに立ち尽くす。


(なんだ?)


 首をかしげる。


(ちゃんと渡したよな)


 そこだけは納得していた。


 少し離れた場所。


 彩音が、口元を押さえている。


(……終わったね、いろいろ)


 肩が小さく震えている。


「……なにあれ」


 基樹がつぶやく。


「事故じゃない?」


 彩音が小さく言う。


「事件じゃなくて?」


「事件でもいい」


「レベル高すぎだろ」


 基樹は遠い目をした。


「あの手紙、宛名なかったんだろ?」


「たぶんね」


「しかも恒一、差出人も言ってないよな」


「言ってないね」


「真剣な気持ちです、ぜひ読んでくださいって言ってなかったか?」


「言ってたね」


「それ、もう完全に誤解するだろ」


「するね」


 彩音は、まだ笑いをこらえている。


「止めなくてよかったのか?」


「もう遅いよ」


「だよな……」


 一方。


 巴は、静かに見ていた。


 やり取りを。


 腕を組むでもなく、ただ視線だけを動かした。


(……やっぱり)


 小さく息を吐く。


(気づいてないの、あいつだけ)


 視線を横にずらす。


 ひよりが、まだ固まっていた。


「……」


 何も言えない。


 目の前で起きたことが、理解できない。


 いや。


 少しずつ、理解してしまっている。


 手紙は、佐々木先輩に渡った。


 佐々木先輩は、中を読んだ。


 そして、何かを受け取った顔をして走っていった。


(……え?)


 ひよりは、ただ立っている。


 その手は、もう空だった。


 宛名を書いていなかった。


 朝比奈先輩へ、と書いていなかった。


 手紙の中にも、はっきり名前を書かなかった。


 直接渡すから大丈夫だと思っていた。


 朝比奈先輩に渡すのだから、朝比奈先輩宛だと分かってもらえる。


 そう思っていた。


 まさか。


 まさか、朝比奈先輩が別の人に渡すなんて、考えていなかった。


(どうしよう)


 顔が熱いのか、冷たいのかも分からない。


 その時、恒一がこちらを見た。


 そして、少し離れた場所から親指を立てる。


 ちゃんと渡した。


 そう言いたげな顔だった。


 ひよりは、動けないまま、目だけで訴えた。


 違います。


 そうじゃないです。


 返してください。


 けれど。


 恒一は、もう一度、満足そうにうなずいた。


 伝わっていない。


 まったく伝わっていない。


「……」


 ひよりは、そっと視線を落とした。


 風が吹く。


 手紙は確かに届いた。


 ただし、意味は、完全に変わっていた。


 そして。


 行き先も。


 完全に間違っていた。

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