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恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
第1章 すれ違い編

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第61話 ラブレター、なぜか部長に届く

■一年教室


 昼休み。


「……だめでした」


 ひよりが小さく言った。


「まあ、そうなるよね」


「うん……」


 友人たちが苦笑する。


 年上っぽく。


 少し強めに。


 叱るように。


 そう思って言ってみたのに、朝比奈先輩にはまったく違う意味で受け取られてしまった。


 怒ったつもりだった。


 叱ったつもりだった。


 でも、返ってきたのは「頑張ってるな」という言葉だった。


「でもさ」


 友人の一人が言う。


「もう、そこまでやったならさ」


「はい」


「告白するしかなくない?」


「……」


 ひよりは、言葉を失った。


「いやいや無理無理」


「無理じゃないって」


「今のままでも伝わってないんだから」


「ちゃんと言わないと」


「……」


 ひよりは視線を落とす。


(……言う)


 考える。


(ちゃんと)


 でも。


(直接は、無理かも)


 朝比奈先輩の前に立って、好きですと言う。


 想像しただけで、顔が熱くなる。


 声が出る気がしない。


「じゃあ、メールとか」


「LINEは?」


 友人が軽く言う。


 ひよりは、一瞬だけ固まった。


「……」


「どうしたの?」


「知らないです」


「え?」


「朝比奈先輩の連絡先……知らないです」


 言ってから、ひよりは少しだけ目を伏せた。


 そうだった。


 話すことはある。


 グラウンドで声をかけることもある。

 スポーツドリンクを渡すこともある。


 けれど、連絡先は知らない。


 朝比奈先輩も、ひよりの連絡先を知らない。


 そのことに、今さら気づいた。


「……そこからかあ」


「うん、そこからだね」


 友人たちが顔を見合わせる。


 ひよりは、ますます小さくなる。


「じゃあ、直接が無理で、連絡先も知らないなら」


「はい」


「手紙とか?」


「……手紙」


「ラブレターってやつ?」


「……はい」


 ひよりの頬が、少しだけ赤くなった。


■放課後


 ひよりは机に向かっていた。


 ペンを持つ。


 止まる。


 書く。


 止まる。


 また書く。


 何度も何度も、書き直す。


 朝比奈先輩へ。


 その一文だけでも、手が止まる。


 好きです。


 そう書こうとして、消す。


 ちゃんと伝えたい。

 けれど、重くなりすぎるのも怖い。


 変に思われたらどうしよう。


 困らせたらどうしよう。

 それでも、今のままでは何も伝わらない。


 ようやく、一通。


(……できた)


 ひよりは小さく息を吐いた。


 封筒に入れる。


 宛名は、書かなかった。


 直接渡すのだから、必要ない。


 朝比奈先輩に手渡すのだから、朝比奈先輩宛だと分かってもらえる。


 そう思った。


■グラウンド


 夕方のグラウンド。


 練習の合間。


「朝比奈先輩!」


 ひよりが声をかける。


「ん?」


 恒一が振り向いた。


 ひよりは、一歩近づく。


 手が、少し震えている。


「これ……」


 差し出したのは、封筒だった。


「……?」


 恒一が受け取る。


「手紙、です」


「おう」


 あっさり受け取られる。


「……」


 少しだけの間。


 ひよりは待った。


 何か言われるかもしれない。


 どういう意味か聞かれるかもしれない。


 今ここで読まれたら困る。


 でも、何も言われないのも怖い。


 そんなふうに考えていると、恒一はすぐにうなずいた。


「なるほど!そういうことか」


(……?)


「分かった!」


 恒一は、真面目な顔で言う。


「ちゃんと渡す」


「……え?」


「部長にだろ」


 当然みたいに言った。


「間違いなく渡す」


 その瞬間。


 ひよりは、失敗したと思った。


 封筒に宛名を書いていない。


 手紙の中にも、誰宛なのかをはっきり書いていない。


 朝比奈先輩に渡すのだから、朝比奈先輩に決まっている。


 そう思っていた。


 まさか、朝比奈先輩以外に渡るなんて考えていなかった。


「あ、あの」


 ひよりは慌てて顔を上げる。


 違います。


 あなた宛です。


 そう言いたい。


 けれど、声が出ない。


 だから、ひよりは必死に恒一を見る。


 手紙。


 朝比奈先輩。


 あなたです。


 そう目で伝えようとする。


 恒一は、その視線を真剣に受け止めた。


 そして、力強くうなずいた。


「任せろ」


(違います……!)


「ちょ、待っ――」


 ひよりが言い切る前に。


 恒一は走り出していた。


「おーい、佐々木先輩!」


 手紙を持ったまま。


 まっすぐ。


 グラウンドの向こう。


 部長のもとへ。


 佐々木が振り向く。


「どうした、朝比奈」


「白石からです」


「白石?」


 恒一は、何の疑いもなく封筒を差し出した。


 佐々木は少し戸惑いながら、それを受け取る。


 その瞬間。


 ひよりは、その場に立ち尽くした。


「……」


 声が出ない。


 頭が追いつかない。


(……え?)


 一歩も動けない。


 渡した。


 確かに、手紙は渡した。


 朝比奈先輩に。


 けれど、朝比奈先輩は、それを佐々木先輩へ渡した。


(どうして)


 ひよりの手が、空になったまま固まっている。


 封筒には、宛名がない。


 中にも、たぶん、はっきりとは書いていない。


 朝比奈先輩へ、と最初に書こうとして、恥ずかしくて消してしまった。


 だから、もし佐々木先輩が読んだら。


(……どうしよう)


 ひよりの顔から、少しずつ血の気が引いていく。


 少し離れた場所。


「……やったな」


 基樹がつぶやく。


「やったね」


 彩音が、くすっと笑う。


「違う意味でな……」


 基樹は遠い目をした。


「止めなくてよかったのか?」


「止める暇、あった?」


「……なかったな」


「それに」


 彩音は、グラウンドの向こうを見る。


 恒一は、達成感のある顔で佐々木の前に立っている。


「恒一、本気で正しいことしたと思ってるよ」


「だろうな」


 基樹が頭を押さえる。


「白石、目で訴えてなかったか?」


「訴えてたね」


「恒一には?」


「伝わってないね」


「だろうな……」


 ひよりは、まだ動けなかった。


 風が吹く。


 想いは。

 まっすぐに渡された。


 ただし。

 相手は、間違っている。


 そして。


 宛名も、書いていなかった。

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