第60話 やってみた結果
■グラウンド
放課後。
練習の合間。
ひよりは、少し離れた場所で立っていた。
(……やる)
小さく決意する。
昼の会話を思い出す。
「遅いです」
「ちゃんとして下さい」
(年上っぽく)
(強めに)
ひよりは、深呼吸した。
恒一が、こちらに歩いてくる。
「朝比奈先輩」
声をかける。
「ん?」
恒一が足を止める。
ひよりは、一歩近づいた。
(ここで)
口を開く。
「……遅いです」
「?」
少し間が空いた。
「……え?」
恒一が首をかしげる。
ひよりは焦った。
(違う)
(もう少し)
昼休みに練習した言葉を、もう一つ思い出す。
「ちゃんと……して下さい」
「……」
風が吹く。
恒一が、少しだけ考える。
(……)
(言えるようになってきたな)
(前より、ちゃんと)
恒一は、ゆっくりとうなずいた。
「頑張ってるな!」
「……え?」
「いいと思う」
真面目に言う。
「ちゃんとして下さい、って」
「言えるようになったのは、成長だろ」
「……」
ひよりは固まった。
(違う)
(そうじゃない)
でも、言葉が出ない。
「無理しなくていいけどな」
恒一は、さらに言う。
「そのままでいいと思う」
優しい。
でも、全部ずれている。
「……はい」
ひよりは、小さくうなずいた。
(どうしよう)
少しだけ、困る。
少し離れた場所。
「……なにあれ」
基樹がつぶやく。
「実践してる」
彩音が即答した。
「え、あれで?」
「うん」
くすっと笑う。
「ちゃんと失敗してる」
「だな……」
基樹は、少しだけ引いた顔をした。
「というか、恒一も恒一だろ」
「まあね」
「今ので成長って受け取るか?」
「受け取るのが恒一なんだよ」
「面倒くせえな」
「見てる分には面白いよ」
「巻き込まれる側は面白くない」
基樹がため息をつく。
グラウンドでは、ひよりがまだ立っていた。
(……もう一回?)
考える。
けれど、恒一は本当に満足そうにうなずいている。
叱られたと思っていない。
強く言われたとも思っていない。
ただ、ひよりが前よりはっきり言えるようになったと受け取っている。
(……違うんです)
心の中ではそう思う。
でも、口には出せない。
もう一度「遅いです」と言っても、きっとまた違う方向に受け取られる。
そう思うと、ひよりは少しだけ顔を伏せた。
「……難しいです」
小さくつぶやく。
その横で、恒一は満足そうにうなずいていた。
(ちゃんとやろうとしてるな)
完全に納得している。
少し離れた場所で、基樹がもう一度ため息をついた。
「……白石も大変だな」
「でしょ?」
彩音が楽しそうに笑う。
「でも、諦めてないよ」
「何をだよ」
「さあ?」
彩音は答えない。
ひよりは、顔を上げる。
失敗した。
たぶん、失敗した。
でも、朝比奈先輩は笑っていた。
それが困る。
困るのに、少しだけ嬉しい。
(……次は)
そこまで考えて、ひよりは慌てて首を振った。
次があるのかも、まだ分からない。
それでも。
努力は。
少しだけ。
違う方向に、進んでいた。




