第58話 探偵、再び
■校舎裏
放課後。
「……なあ、彩音」
基樹が腕を組んで言った。
「ん?」
彩音は壁にもたれている。
いつものように、楽しそうな顔だ。
「結局さ」
「うん」
「双子じゃなかっただろ」
「そうだね」
あっさり返ってくる。
「ひより、普通に否定してたし」
「うん」
「じゃあさ」
基樹は少しだけ前に出た。
「駅前で見たのは何だったんだよ!」
彩音が、少しだけ笑う。
「別人でしょ」
「……は?」
「似てるだけの人」
「そんな簡単に言うなよ」
「実際、そういうことはあるよ」
軽く言う。
「年が近くて、顔立ちが似てて、髪型も近かったら、ぱっと見じゃ間違えることあるし」
「いやいやいや」
基樹は首を振る。
「そんな都合よく――」
「あるよ」
彩音は即答した。
「人の顔なんて、結構曖昧だから」
「……」
基樹は少し黙る。
(……まあ)
(なくはないか)
駅前で見たのは、横顔と雰囲気だけだった。
距離もあった。
人も多かった。
自分が勝手に白石ひよりだと思い込んだだけ、という可能性はある。
でも。
まだ引っかかる。
「お前、何か知ってないか?」
「何を?」
「いや、なんか反応が軽すぎる」
「そう?」
「そうだよ」
彩音は、くすっと笑うだけだった。
答える気はないらしい。
「まあ、駅前の件は一旦保留」
「保留かよ」
「確定できないものは、確定しない」
「探偵っぽいこと言うな」
「探偵だからね」
「自称な」
基樹はため息をついた。
それから、もう一度グラウンドの方を見る。
「じゃあさ」
「うん」
「結局どうなんだよ」
「何が?」
「ひよりだよ」
基樹は、少し声を落とした。
「恒一のこと」
彩音が視線を上げる。
校舎裏からは、グラウンドが見える。
恒一が走っている。
その少し後ろ。
ひよりが立っている。
静かに見ている。
距離。
立ち位置。
視線の向き。
声をかけるタイミング。
全部が、ただの部活の先輩後輩より少し近い。
「……」
彩音が小さく息を吐いた。
「間違いないね」
「は?」
「好きだよ」
あっさり。
迷いなく言った。
「……マジで言ってる?」
「うん」
「そんな簡単に?」
「見る位置。距離。タイミング。目の動き」
彩音は、指を折るように言う。
「全部一致してる」
「……」
基樹は固まる。
「でもさ」
「うん」
「本人、否定してたぞ?」
「何を?」
「双子」
「それは双子の話でしょ」
「いや、そうだけど」
「聞き方がズレてるだけ」
「……」
「本質、そこじゃないし」
彩音はあっさり言う。
基樹は頭を押さえた。
(わけ分からん)
双子ではない。
駅前の人物は保留。
でも、ひよりが恒一を好きなのはほぼ確定。
情報がばらばらすぎる。
なのに、彩音の中では整理されているらしい。
「で」
彩音が続ける。
「恒一は?」
基樹もグラウンドを見る。
恒一は何も知らない顔で走っている。
ひよりの視線にも、距離にも、何も気づいていない。
「全く気づいてない」
「だろうな……」
そこだけは即納得できた。
「……なんなんだ、これ」
「簡単だよ」
彩音が笑う。
「恒一が鈍いだけ」
「いや、それは知ってる」
でも、それだけではない気がした。
もう一度、グラウンドを見る。
ひより。
恒一。
距離は近い。
けれど、噛み合っていない。
恒一は、ひよりの視線を別の誰かへ向けていると思い込んでいる。
ひよりは、恒一が真田家に近づいているのを見て、勝手に納得している。
どちらも、少しずつ違う方向を見ている。
「……」
「あとさ」
彩音が、ふと続けた。
「基樹も同じだよ」
「は?」
「鈍いだけ」
「何が」
彩音は、ほんの少しだけ笑った。
「自分のこと」
「……何に?」
基樹が問い返す。
でも、彩音は答えない。
くすっと笑うだけだった。
「まあいいや」
「おい」
彩音が壁から背を離し、一歩歩き出す。
「面白いから」
「おい待て!」
基樹が慌てて追う。
置いていかれる。
グラウンドでは。
恒一は、まだ何も知らない。
ひよりの視線にも。
彩音の観察にも。
基樹が巻き込まれていることにも。
全部、少しずつ。
ずれたまま、進んでいる。




