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恋愛台帳、時代ズレにつき修正不能  作者: サザルト
すれ違い編

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第57話 話がかみ合わない

■二年A組教室。


 朝。


 「――でさ」


 基樹が、笑いながら言った。


「昨日、彩音に聞いたけど」


「うん」


「お前、大変だったみたいだな」


「ん?」


 俺は首をかしげる。


「そうか?」


「そうかじゃねえよ」


 基樹が呆れた顔をする。


「普通、あんなことにはならねえから」


「……ああ」


 少しだけ考える。


 真田家。


 台所。

 火加減。

 料理の話。


 巴の祖母。

 真紀子さん。

 

 それから、巴の父親。


 呼び止められて。


 道場に連れていかれて。


 肩を掴まれて。


 足が少し浮いて。


 巴が止めに入って。


 真紀子さんが父親を連れていった。


 確かに、普通ではなかった。


 でも。


「まあ」


 小さくうなずく。


「楽しかったかもな」


「は?」


 基樹が固まった。


「料理もできたし」


「いや、そこじゃなくて」


「真紀子さんと話せたし、巴のお祖母さんとも話せたし」


「だから、そこじゃなくて」


「あと、庇ってもらったし」


「……庇ってもらった?」


「うん」


 あっさり答える。


 巴が止めに入ってくれた。


 あれは、普通に助かった。


 ありがたかった。


 だから、悪い思い出ではない。


「……あれ?」


 基樹が小さくつぶやく。


 少しだけ首をかしげている。


「なんか違うな」


「何が?」


「いや、いい」


 基樹はため息をついた。


 後ろの席。


 彩音が、くすっと笑う。


「やっぱりそうなるか」


「何がだよ」


「恒一は、嫌だったことより、嬉しかったところを拾うんだね」


「普通じゃないか?」


「普通ではないかな」


 彩音は楽しそうに言う。


 基樹は、またため息をついた。


■グラウンド


 放課後。


 軽く流していると、声をかけられた。


「朝比奈」


 振り向く。


 巴だった。


 練習後でも、背筋はまっすぐ伸びている。


 恒一より高い位置から視線が降りてくるせいで、ただ近づいてくるだけでも少し迫力があった。


「どうした?」


 巴は一歩近づいた。


 少しだけ間がある。


 それから、視線を少し外した。


「昨日のこと」


「うん?」


「……ごめん」


 短く言った。


 俺は、少し考える。


 昨日のこと。


 父親に呼び止められたこと。


 道場で少し危なかったこと。


 巴が止めてくれたこと。


「いや」


 首を振る。


「楽しかったから、いい」


「……」


 巴の動きが、ほんの少し止まった。


「楽しかった?」


「料理もできたし」


「……」


「いろいろあったけど、悪くなかった」


 本気でそう言った。


 少なくとも、嫌なだけの一日ではなかった。


 むしろ、思い返すと料理の話の方が強い。


 巴に料理を褒められたことも、ちゃんと残っている。


「……そっか」


 巴の肩から、少しだけ力が抜けた。


 小さく息を吐く。


 それから。


「……変なの」


 いつもの調子で言った。


 でも、さっきより少しだけ声がやわらかい。


「そうか?」


「うん」


「まあ、真田家って大変だなとは思った」


「それは否定しない」


 巴は短く返す。


 そのまま、少しだけこちらを見た。


「でも、来てくれるなら」


「うん」


「……ちゃんと、父には言っておく」


「それは助かる」


「本当に」


 巴は真顔だった。


 そこは本気らしい。


 俺は思わず苦笑した。


■グラウンド脇


 そのやり取りを、少し離れた場所でひよりが見ていた。


(楽しかった……)


 その言葉が、残る。


 昨日。


 門の隙間から見えてしまった光景。


 倒されかける朝比奈先輩。


 止めに入る真田さん。


 近い距離。


 それを、朝比奈先輩は楽しかったと言った。


(あれが)


 一瞬、思考が止まる。


 怖かったとか。

 大変だったとか。


 そういう言葉ではなく。


 楽しかった。


(……そういうのが)


 ひよりは、静かに納得する。


(好きなんだ)


 真田さんの家。


 真田さんの道場。


 真田さんのお母さん。


 真田さんのお父さん。


 そして、真田さんに庇われること。


 そういう全部を、朝比奈先輩は楽しかったと言う。


(……ちょっと)


 ひよりは視線を逸らした。


(変わってる人なんだな)


 静かに、そう結論づける。


 それは呆れではなく。


 少しだけ遠いものを見るような気持ちだった。


 グラウンドでは、いつも通りの時間が流れている。


 ただ、話だけが。


 少しずつ、かみ合わないまま進んでいた。

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