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呼び止められた理由

 夕方、真田道場。


 台所の片付けも終わり。

「それじゃ」

 恒一は、軽く頭を下げる。

「今日はありがとうございました」

 真紀子母と祖母がうなずく。


 巴も、少しだけ視線を向ける。

 そのまま、玄関へ向かう。

「……朝比奈」


 背後から、声。

 低い、振り返る。

 巴父。

 腕を組んで立っている。

「少し来い」

 逃げ場はない。

(……来たか)


 道場の奥。

 向かい合う。

 暫くの沈黙。

「料理は悪くない」

「……ありがとうございます」

「だが」


「それだけだ」

「なぜここに来る」

「……」

「理由が曖昧な者は続かん」

「……よくわかってないです」

 正直に言う。

「でも」


「また来ます」

 次の瞬間。

 ぐいっと肩を掴まれる。

「甘い」

 引き寄せられる。

 足が浮く。

 畳から。

「……っ」

「その程度で来ると言うな」

 さらに腕を取られる。


「――やめて」

 巴が間に入る。

「……何してるの」

「指導だ」

「違う」

 一歩、踏み込む。

「やりすぎ」


 父を見る。

「今日」

 静かに言う。

「ママが無理に頼んで来てもらったんだよ」

 空気が止まる。

「……」

 父の視線が揺れる。

「これじゃ」

 一歩、詰める。

「もう朝比奈、来てくれなくなる」


「ママ、どう思う?」

 父の顔が固まる。

「……」

 ゆっくり。

 振り返る。

 そこに、真紀子母。

「――あなた」

 すでに、立っている。

「何をなさっているのですか?」

 やわらかい。


 でも逃げ場がない。

「……話をだな」

「お話、ですか」

 一歩、近づく。

「朝比奈さん」

「申し訳ありません」

 丁寧に頭を下げる。

「この方には」


「わざわざ来ていただいたのです」

「……そうだったな」

 父の肩が落ちる。

「あなた」

「はい!」

 直立。

「こちらへ」

 腕を掴まれる。

「……すまん」

 そのまま、ずるずると引きずられていく。


「……え?」

 残された恒一。

 息を整える。

 横に、巴。

「……大丈夫?」

「まあ、なんとか」

 一瞬の間。


「……ごめん」

「いや」

「……でも」

「助かった」

 巴が、少しだけ視線を逸らす。


 道場の門の前。

 ひよりが立っていた。

 少しだけ開いた隙間。

 見えてしまった。

 倒される姿。

 止めに入る巴。

 近い距離。


「ママ」

 その一言。

(……)

 静かに、目を伏せる。

(やっぱり)

 小さく、息を吐く。

 そのまま。

 ゆっくりと、背を向ける。


 道場の中では。

 まだ、空気が揺れていた。


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