表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/78

台所の距離

 週末、真田道場。


 門をくぐると。

「いらっしゃい」

 すぐに声がかかる。

 真紀子母。

 やわらかい笑顔。

 けと、もう逃げ場はない。


「朝比奈さん」

「はい」

「お待ちしていました」

 丁寧に頭を下げられる。

(やっぱりこの人、強いな)

 内心で思う。


「こちらへ」

 そのまま案内される。

 道場ではなく――

 台所。


「今日は、こちらです」

 にこやかに言う。

(料理か)

 少しだけ、気が楽になる。


「この前のお話」

 真紀子母が振り向く。

「とても興味深くて」

「実際に見てみたいと思っていました」


 そこからは早かった。

 包丁。

 火。

 手順。

 自然と体が動く。

「なるほど」

「そこを先にやるのですね」

「はい」


「理由は?」

 問われる。

 答える。

 会話が、途切れない。


「面白いわね」

 ふと、別の声。

 振り向く。

 小柄な老人。

 巴の祖母。

「そういう考え方もあるのね」

「いいのよ、続けて」

 三人で、話が広がる。


 そこに。

 いつの間にか、巴がいる。

 壁にもたれて。

 静かに見ている。

「これ」

 差し出す。


「どうだ?」

 巴が受け取る。

 一口、味わう。

 瞬間。

「……おいしい!」


 短くでも。

「ちゃんと考えてる」

 もう一言。

(……)


 言葉が出ない。

 嬉しい。

 素直に。


 そのとき。

 廊下に、すっと現れる影。

 父。

 無言で腕を組む。

 じっと見てる。


 調理台。

 手元。

 距離。

 会話。

 全部見ている。


 そして。

 無言で、うなずく。

 ――と思ったら。

 すっと近づいてくる。

「……そこ」

 低い声。

「火、強い」

「……え?」

 さっと手が伸びる。

 火加減を直す。

 そのまま。

 ちらっと巴を見る。

 また恒一を見る。

 そして。

 うなずく。

 去る。

「……今のなに?」

 思わずつぶやく。

「父です」

「それは知ってる」


 少し離れた場所。

 父は柱の陰。

 ちらっと覗く。

 また隠れる。

 また見る。

 腕を組む。

 うなずく。

 また睨む。

(なんか忙しいな)


 台所に戻る。

「朝比奈さん」

 真紀子母が微笑む。

「本当に、お上手ですね」

「ありがとうございます」

 祖母も、うなずく。

「いいわね」


「またやりましょう」

 空気は、穏やかで。

 あたたかい。

 一方、道場の外。

 門の前。

 ひよりが立っていた。

 少しだけ、遠く。

 中は見えない。


 でも声は、聞こえる。

 笑い声。

 会話。

(……楽しそう)

 小さく、思う。


(母、か)

 言葉が、重なる。

(そっちなんだ)

 静かに、納得する。

 少しだけ。

 胸の奥が、落ち着く。

 そのまま。

 ゆっくりと、背を向ける。


 道場の中では。

 笑い声が、続いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ