呼ばれている場所
放課後。グラウンド。
練習の終わり。軽く息を整えながら、恒一は空を見上げた。
少しずつ。
慣れてきた。
走ることも。
ここにいることも。
「朝比奈」
声に振り向く。
巴。
「ちょっといい?」
「おう」
近くまで歩いてくる。
少しだけ、間を置いて。
「今週末」
「空いてる?」
「……え?」
一瞬、間が空く。
(今週末?)
思わず考える。
(なんで急に)
視線が、少しだけ泳ぐ。
「まあ、空いてるけど」
すぐに戻す。
「来てほしい」
短く、はっきりと。
「道場?」
「うん」
「母が」
少しだけ視線を外す。
「また来なさいって」
淡々としている。
でも、どこか押しが強い。
「……そうか」
思い出すあの人。
丁寧で。
でも、逃げ場がない。
(正直、巴父より怖いかもしれない)
少しだけ苦笑する。
そしてふと、思う。
(最近、よく誘われるな)
巴から。
道場に。
理由はわかっている。
たぶん。
(……まあ)
悪くない。
「無理ならいい」
巴が言う。
「いや」
首を振る。
「行く」
自然に答える。
「真紀子さんは好きですし」
一言、付け加える。
巴が一瞬だけ、こちらを見る。
でも、何も言わない。
ただ。
「そう」
短く返す。
それだけでも。
少しだけ空気が変わる。
少し離れた場所。
「……今の聞いた?」
基樹が小声で言う。
「聞いた」
彩音がうなずく。
その横で。
ひよりが静かに立っている。
視線は、恒一。
「また道場、行くんですね」
やわらかい声。
「母が呼んでるらしい」
基樹が補足する。
「そうなんですね」
ひよりが小さくうなずく。
少しだけ考える。
(母……)
言葉が、残る。
(真紀子さん、好きって)
思い出す。
今の一言。
(そっち、なんだ)
静かに、納得する。
少しだけ。
胸の奥が、落ち着く。
グラウンドに戻る。
「朝比奈先輩」
ひよりが声をかける。
「はい」
「週末、楽しみですね」
やわらかく言う。
その言葉。
少しだけ、意味がずれている。
けれど、恒一は気づかない。
「まあな」
軽くうなずく。
そのまま。
空を見る。
(料理、か)
少しだけ、楽しみだ。
風が吹く。
それぞれの思いは。
少しずつ。
ずれたまま、進んでいく。




