探偵彩音の事件簿
放課後。
校舎の影。
彩音はしゃがみ込んでいた。
「……対象、確認」
小さくつぶやく。
その視線の先。
グラウンド。
2年Aの朝比奈恒一。
いつも通り走っている。
昨日より、少しだけ真面目に。
少しだけ、力を入れて。
「……あいつ」
基樹がぼそっと言う。
「ちゃんとやる気になってるな」
「なってるね」
彩音が即答する。
「怒られたから」
「普通に効いてたよな」
「うん」
「でも方向はズレてる」
「だろうな」
基樹、苦笑する。
「で、何を見てるんだよ」
「流れ」
「何の」
「全部の」
意味がわからない。
でも、本人は真剣だ。
少しして。
「来た」
「何が?」
彩音が顎で示す。
視線の先。
1年のスペース。
ひより。
少し距離を取りながら、恒一のほうを見ている。
「……あ」
基樹が小さく声を出す。
「また見てるな」
「見てるね」
「いつもずっと見てるタイプ」
「いやそれ前も言ってたな」
「で」
彩音が少しだけ前に身を乗り出す。
「動くよ」
その瞬間。
ひよりが歩き出す。
まっすぐ。
恒一のほうへ。
「……行ったな」
「うん」
距離を詰める。
でも、近づきすぎない。
絶妙な距離。
ドリンクを渡す。
短い会話。
空気は、明らかに柔らかい。
「はい、確定」
「何が」
「目的」
迷いがない。
「朝比奈恒一」
「……」
基樹、少しだけ黙る。
そして。
「……でもさ」
「ん?」
「彼氏いたぞ」
空気が止まる。
「……は?」
彩音がゆっくり振り向く。
「駅前で見たやつ」
基樹が続ける。
「どう見てもデートだった」
「距離も近かったし」
すこしの沈黙。
彩音が、考える。
珍しく。
「……なるほど」
小さくつぶやく。
「それで話がズレたわけか」
「だろ?」
基樹がうなずく。
「じゃあやっぱ――」
「いや」
遮る、彩音の目が細くなる。
「それはノイズ」
「は?」
「重要なのは今」
視線を戻す。
ひよりと恒一。
その距離と空気。
「過去の情報より、今の行動」
「……お前探偵っぽいな」
「でしょ」
満足そうに笑う。
「というわけで」
一歩、前に出る。
「結論」
「白石ひよりは」
少し楽しそうに。
「朝比奈恒一が好き」
「……」
基樹、半分納得。
半分、引っかかる。
「でも彼氏――」
「いるかもしれないし」
「違うかもしれない」
あっさり言う。
「そこはまだ未確定」
「雑だな」
「現場主義だから」
「で?」
彩音が続ける。
「恒一は」
グラウンドを見る。
恒一は空を見上げている。
昨日と同じように。
少しだけ考えて。
たぶん、何も分かっていない顔で。
「一ミリも気づいてない」
「だろうな……」
深く納得する。
風が吹く。
「……で?」
基樹が聞く。
「どうすんの」
彩音が、にやりと笑う。
「何もしない」
「は?」
「今はね」
一歩、歩き出す。
「面白いから」
振り返る。
「もう少し泳がせる」
「……お前さ」
基樹が呆れた顔で言う。
「恒一で楽しんでるだろ」
一瞬。
彩音が、ほんの少しだけ笑う。
「バレた?」
「バレるわ」
小さく息を吐く。
(……彩音は相変わらずだな)
「助手」
「次の観察行くよ」
「だから誰が助手だ!」
言いながら。
基樹もついていく。
グラウンド。
恒一は何も知らない。
ただ、昨日より少しだけ真面目に。
走っている。
その理由も。
見られていることも。
まだ、知らない。




